恋愛映画の名手・今泉力哉監督が12人の女性との告白の記録を綴る新連載『赤い実、告白、桃の花。』。「告白とは何か?」を考えた第0回に引き続きついに本編が開始します!
第1回は今泉監督が“初恋と呼べる恋”を振り返ります。
私の初恋はたぶん5歳。幼稚園の同級生だ。名前はたしか、めぐみ。まるくて明るい子だった。近所に住んでいた気がする。クリスマス劇かなにかの発表会の練習を体育館の舞台上でしていた時におしっこをもらし、教室に戻った後、「誰ですか?」と担任の先生に問われ、自分で申し出なければいけなかったのを、めぐみちゃんにばれるのが嫌で言えなかったのを憶えている。その後、ひとりひとり調べられ、冬は男の子も白タイツを履くのが決められていた幼稚園だったのだが、その白タイツをつたったおしっこの気持ち悪さと好きな子の前で晒される恥ずかしさで、ものすごく悔しかったのを憶えている。でも、そのくらいの思い出しかない。顔もまったく思い出せない。
実質、私自身が憶えている中で、最初に本当に好きになった人、つまり、その人のことを想うと胸が苦しくなったり、その人がクラスの別の男子と仲良くしているのを見るのが嫌だったり、お風呂に入った時にステンレスの浴槽のお湯が張っている部分より上の内側についた水滴の部分(要は曇った鏡みたいに細かい水滴の集まった部分)にその子の名前を指で書いたりした最初の人は、小学校3年の3学期に隣のクラスに転校してきた活発な女の子だった。「ほ」さん。その人のことがすごく好きだった。彼女は特徴的な髪型をしていた。分け目がさかさまのTの字になる髪型。かといってふたつ結びのイメージもない。分け目だけ、特に横にまっすぐはいった分け目だけすごく憶えている。たぶん、私だけが憶えている。あと黄色が好きだった。
私が通っていた小学校は合唱が盛んだった。しかも当時では珍しく男子がたくさん合唱部に入っていた。今でこそ、福島県郡山市は、楽都、などといって、全国で優勝するような中学校や高校がたくさんあるが、その当時は安積女子高等高校(現・安積黎明高等高校)がいつも全国で金賞をとるくらいで、ほかにはさほど目立った学校はなかった。
校風だったのか、顧問の先生のやる気か、合唱部にはとにかく男子がたくさんいた。男女比が半々ぐらいだった。私はソプラノのパートリーダーをしていた。声がでかい。まじめ。そういう理由だったと思う。けっして歌がうまいわけではなかった。その証拠に合唱よりも少ない人数で歌う重唱で大会に出る際にはいつもメンバーからはずされていた。声がでかいのに音が不安定だから。まあ、ちょい音痴というやつだ。小学校時代の私は、勉強はできるが運動ができない典型的なタイプで、足はどのクラスにもひとりいる太っちょ君より遅かった。100m18秒とかだった。走り幅跳びを真剣に跳んでいるのに「駆け抜けるな」と怒られたりもした。たしかに立ち幅跳びの方が飛距離が出た。跳び箱も飛べず、逆上がりも出来ない。水泳では25m50秒で泳いだこともある。ただ、唯一得意なスポーツが卓球だった。卓球というスポーツはとても不思議だ。もちろん身体能力が高くほかのスポーツも出来て、卓球もうまいという人もいるとは思うのだが、なぜか、卓球だけがうまい、という人がいる特殊なスポーツ、それが卓球なのだ。私は4年生の時からクラブ活動はずっと卓球を選んでいた。クラブ活動とは別に、他校との戦いや大会があったりするのが部活動、通称、部活。部活は、かけもちで入ることも出来る。男子の多くが合唱部とサッカー部をかけもちしていた。
とにかく私は合唱部に入っていた。そして「ほ」さんも合唱部に入った。彼女は運動もできたし、とにかくさばさばしていた。男っぽかった。私はこの時から今に至るまでずっと、男っぽい女性が好きだ。今、女っぽいとか男っぽいとか、女らしさとか男らしさとかいうことがあまりよくない時代なことはわかるけど、ひとつだけ例をあげるなら、「この木〜何の木〜気になる木〜」という当時のCMソングをバカな男子たちが「この木〜何の木〜ぼっき!」とか歌っていたのだが、それを一緒になって歌っているような子だった。がははは、と笑いながら。そう、がははは、と笑う子だった。そう、思い出した。えくぼができる子だった。
合唱部の練習時に、自分の口の形を見るために生徒はひとりひとり小さな手鏡を持ってきていた。その手鏡の角度を変えて、「ほ」さんを鏡越しに見たりしていた。一度だけ、彼女と鏡越しに目が合って、微笑まれたのを憶えている。とんでもなくしあわせだった。たしかこの頃には、私が彼女を好きなことを彼女は知っていた気がする。そんな気がする。
5年になる時、クラス替えがあり、同じクラスになった。勝手にクラスの男子全員が「ほ」さんのことを好きだと思っていた。合唱部のみんなが「ほ」さんのことを好きだと思っていた。そんなことは全然なかった。きっと冷静に考えると、クラスで4、5番目の可愛さだったんだと思う。その小学校は1学年3クラスで1クラス30人くらい、つまり男女はそれぞれ15人くらいだった。それで4、5番だ。普通の子。でも私の中ではだんとつだった。彼女には仲のいい男子が何人かいた。そりゃそうだ。男っぽいとはそういうことでもある。その男子たちに嫉妬した。特にひとり、彼女と特別に仲良く見えた男子がいた。彼女は彼が好きだったんだと思う。彼は悪いやつじゃないのに、なぜか先生からマイナスに贔屓されることがある男で、一度、なにかで同じような悪さを何人もの生徒がしているのに彼だけが怒られ、興奮状態にあった彼は道徳の教科書をまっぷたつに引きちぎったことがあった。それをものすごく鮮明に憶えている。そんな彼に嫉妬していた。
そうして私の片想いの日々もあっという間に3年経った。卒業である。
卒業式前日。
おなじクラスのヤンキーみたいなやつ、やんちゃグループのひとりが言い出した。
「じゃんけんして負けた順に、明日、告白していこうぜ」
彼には好きな子がいた。だけど、自分だけ告白するのが恥ずかしかったのだ。
それにクラスの男子たちが巻き込まれた。私も。
たしか5人でじゃんけんした。
その5人は幸いにも好きな子がかぶっていなかった。
というか、かぶっていないから選ばれたのだろう。
私の地元ではじゃんけんする際、方言なのだろう、
「じゃ〜ん、じゃ〜ん、じゃんけん、ぽい」で手を出した。
いざ。
「じゃ〜ん、じゃ〜ん、じゃんけん」
絶対、負けたくなかった。
最初に告白するなんて絶対嫌だった。
私が負けたら、私だけ告白して、みんな逃げる可能性だってある。
「ぽい」
ぱー、ぱー、ぱー、ぱー、ちょき。
勝った。私のひとり勝ちだった。
「よっしゃ」
この時はそう思った。この時は。
『赤い実、告白、桃の花。』【vol.1「ほ」さん 〜初恋と呼べる恋〜】は後編に続きます!
(つづく)
(文:今泉力哉)