ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
チェリーについて

vol.2 「や」さん 〜告白されて、恋を知る〜 後編

恋愛映画の名手・今泉力哉監督が12人の女性との告白の記録を綴る新連載『赤い実、告白、桃の花。』。今回はvol.2の後編。今泉監督、初恋に続く恋は、中学から高校を跨ぎます。(前編はこちら!

私が通っていた高校は進学校だったため、修学旅行が1年時にあった。1年にして何を修めるというのか。また、文化祭も毎年は行われなかった。基本的に3年に1度、また創立5周年ごとに1度行われた。つまり、在学中の3年間に2回文化祭を経験できる学年もあれば、1回の学年もあった。なんてめんどくさい仕組みなのだろう。進学校にとって、イベントごとはマイナスなものとして扱われていた。私は高校2年時にたった1度の文化祭を経験した。

文化祭当日。
各クラスがそれぞれなにか出し物をしていた。劇をするクラス。お化け屋敷をするクラス。いろいろあった。私のクラスは喫茶店をしていた。教室自体がちょうど中庭に面した場所にあり、中庭では軽音楽部によるライブが行われていたこともあって、喫茶店の中は軽音楽部の人たちやその人たちのライブを見に来た女子高生や女子大生、その他の女の子が休む場所になって、大変繁盛していた。軽音楽部にはとてもかっこいい人たちがいた。軽音楽部とはそういう部活だ。もともとは鶏小屋だったという天井の低い構内唯一の木造建築に、置くこと自体がぎりぎりの2台の卓球台を配している卓球部とは真逆の部活動だ。特にひとり、断トツでかっこいい人がいた。私から見てもかっこよかった。同学年で、クラスは一緒になったことがなかったが、話したことは1度か2度あった気がするくらいの距離感。彼はイエモンのコピーバンドをしていて、たしかボーカルをやっていた。この日の夜、彼が彼女とセックスしたらしいことを、後日、風の噂で聞いた。

あいかわらず、人でごったがえしている店内(教室内)。その入り口付近に立って、私はホール(受付)を担当していた。ひとりの女の子が私に話しかけて来た。
私「いらっしゃいませ」
女「あの・・・」
私「はい?」
女「あの、連絡先、聞いてもいいですか?」
私「え?ああ、いいですよ。聞いてきますよ。誰のですか?」
店内には、多くの軽音楽部の人たちが休んでいた。
その誰かの連絡先を彼女が知りたがっているのだ。
女「いや、ちがくて」
彼女は、恥ずかしそうに、私を指さした。
私はよくわかっていなかった。人から好かれたこともなかったし、告白されたこともなかった。だから、嬉しいとかより、よくわかっていなかった。それにその子のことを知らなかった。
私「え、あ、俺ですか。いいですよ。あー、ちょっと待っててください」
私は、店のコースターとペンを手に、彼女の元に戻って来た。
コースターに電話番号を書きながら、言った。
私「あの、携帯とか持ってないんで、家の電話の番号なんですけど、いいですか?」
たしか、いえでん、という言葉もなかった。
女「はい」
私はコースターに電話番号を書き終え、それを彼女に差し出した。
彼女はそれを受け取って、言った。
女「あの、連絡してもいいですか?」
私「・・・あんまり」
女「じゃあ、いいです」
彼女は私にコースターを返すと、お辞儀をして去っていった。
その一部始終を見ていた同級生が言った。
「りきや、やるー」

あんまり、と言ったとき、私の頭の中には「や」さんがいた。
私は、この時、まだ「や」さんのことが好きだったのだ。それを確認できた出来事だった。
今思うと、とんでもなくもったいないことをしたな、とも思う。でも自分の行動が間違っていなかったとも思う。

私は、結婚するまでに、人生で2回だけ告白されたことがある。
これを告白と呼ぶならば、だが。自慢だ。まったくもてないからいいでしょ、自慢したって。でも、正直、これが“恋愛的な何か”だったかどうかなんて本当にわからない。でもきっとそうだと私は信じたい。

だいぶ経って。それこそ30歳とかを超えて。
小学校か中学校かなにかの同窓会みたいな飲みの席で、その女の子の話になったことがあった。
あの子は誰だったのだろう。顔も憶えていないけど。
いろいろ話している中で、どうやら、彼女は、当時、女子短大付属高校に通っていた女子高生だったらしいことまではなんとなくわかった。でも、なぜ彼女が面識もなく話したこともない私を好きになったのか、はわからなかった。でも、可能性として。私にはひとつだけ考えられることがあった。そう、きっと彼女は卓球部だったのだ。私がかっこよく見えたり、私に惹かれたりすることがあるとすれば、大会で私を見た、という可能性しかない。私のへんてこなプレーで笑いが起きていた会場に彼女がいたのだ。きっとそうに違いない。あの笑い声の束の中のひとつの声。それが彼女のものだったんだと思う。私はそう思う。

「や」さんの話からずれてしまった。でも、ほら、こういうことである。告白は人をしあわせにする。みなさん。ぜひ、うまくいってもいかなくても、想っている人がいるのなら告白してほしい。私はいまだに、まったく知らない彼女のことを、こんなに語れる。私がもてないから、とか、私だけが異様に特殊だから、という意見は敢えて積極的に聞き流す。気持ち悪い、みたいな意見も、受けつけてはいない。

私が「や」さんに最後に会ったのは、20代前半か、中頃のこと、実家付近のイトーヨーカドー内にある100円均一のお店で、である。
それは偶然の出会いではない。そこで働いているという噂を聞き、会ってみたくなって、会いに行った。あんなに会いたかった時には会えなかった彼女が、普通にそこにいた。すこし、どきどきした。彼女はそこにいて、私のことも憶えていた。少し、話した。相変わらず、かわいかった。

誰から聞いたのかも、いつ聞いたのかも、曖昧な「や」さんについての噂はこういうものだった。
「将来、カフェだかなんだかの飲食店を駅前でやりたいらしくて、100均でバイトしてるよ」
カフェをやりたくて、100均でバイト。
彼女を好きになって、よかったと思った。

「や」さんのことをいつまで強く想い続けていたかはすごく曖昧で、もちろん、想いは弱くなっているけど、極端な話、今でも好きだ。それはvol.1の「ほ」さんについても、そうで。
拙作『こっぴどい猫』の劇中にある台詞じゃないけど、「つきあえなかった、好きだった人のことは嫌いになれない」のだ。嫌いになるほど、その人のことを知れないから。だから、ずっと好きなままだ。きっと、みんな、そうだと思う。

今、現在、「や」さんがどこで何をしているかはわからない。
でも、「や」さんは、きっと、地元の駅前で、お洒落なカフェを経営しているに違いない。

次回は、告白した人については少しお休みして、私が大学に入学するまで、つまり映画を志すようになるまでの話をしたいと思う。映画や音楽、テレビの話。だからvol.2.5ってことになるのかな。

(つづく)

(文:今泉力哉)

『赤い実、告白、桃の花。』【vol.2.5】は後日アップ予定!過去記事はこちら

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