このごろ、テレビ関係者と話していると、よく「5G」の話題になる。
5Gって?
――いわゆるモバイルネットワークの第5世代移動通信システムのことだ。Gとは「Generation(世代)」の略。ちなみに現在が4Gである。
思い返せば、1G(第1世代)が登場したのが1980年代の半ばだった。そこで普及したのが自動車電話やショルダーフォンである。ほら、ドラマ『抱きしめたい!』(88年/フジテレビ系)で浅野温子が肩から下げてたアレ。そして、2G(第2世代)に移行したのが90年代前半。ここでアナログからデジタルになり、メールのやりとりが可能になって、女子高生の間でポケベルが大流行した。ドラマ『ポケベルが鳴らなくて』(93年/日本テレビ系)がこの時期。とはいえ、当時は数字のやりとりしかできなかったので、彼女たちは「0840=おはよう」「0833=おやすみ」「114106=愛してる」などと、数々の暗号を編み出した。
3G(第3世代)の登場は21世紀である。ここで携帯電話もインターネットが可能になった。NTTドコモのiモードが活躍したのが、この時代。そして2010年代に入ると、モバイルの世界は4G(第4世代)へと進化し、高速での大容量通信が可能となった。ここで普及したのがスマホである。
日本は4G先進国
意外と知られていないが、日本は世界トップクラスの4G先進国である。
国別の4Gの普及率を見ると、トップはお隣の韓国で、次いで日本。その普及率は実に95%を超える。国土の面積や、離島や山岳地帯の多さを考えると、日本の普及率は驚異である。
それは、半世紀を超える日本のテレビ行政と無縁じゃないという。放送法のNHKの項目には「協会は、公共の福祉のために、あまねく日本全国において受信できるように……」と書いてあるが、NHKや民放各局が日本中に中継局を置いて、離島だろうが山岳地帯だろうが、誰もが公平にテレビを見られるよう努力を重ねてきたノウハウが、4Gのネットワークにも生かされているのだ。中継局が足りず、ケーブルテレビに頼るようになったアメリカとそこが違う。
そして、来るべき5G(第5世代)――。
その登場は、日本は世界に先駆け2020年ごろと予測されている。あと2年だ。そして――これがテレビの世界を一変させるかもしれないのである。
衝撃の5G
5Gで何が変わるか?
――簡単に言えば、動画の超高速化と大容量化、それに伴う低コスト化である。
現在、Wi-Fiなどに接続せずにスマホで動画を見ると、すぐに通信量が上限を超え、速度制限がかかってしまう。これがネックで、若い人たちはほとんどスマホで動画を見ることはない。
ところが、これが5Gになると、通信速度は100倍、通信量は実に1000倍になるという。要は、今の1000分の1のコストで動画が見られるようになるんですね。これだと、どれだけ動画に接続しても速度制限がかかる心配はない。つまり――外出先でも気軽にテレビ番組や動画が見られるようになるってワケ。
そして、その恩恵を最も受けると言われるのが、若者たちなのだ。
若者のテレビ離れの原因
テレビ界で「若者のテレビ離れ」が叫ばれるようになって久しい。
思い返せば、その発端は2011年あたりだったと思う。その年、何が起きたかというと――東日本大震災が発生し、SNSが脚光を浴びて、スマホが一気にマーケットを広げたんですね。前年まで一桁の普及率に過ぎなかったスマホ市場が、この年倍増。それをけん引したのが、10代と20代の若者世代だったんです。
そう、若者がスマホに夢中になった――これが2011年のトピック。その結果、どうなったかというと、彼らのテレビの視聴時間が減り、比較的若者層に見られていたフジテレビがその影響をモロに受けてしまった。
実際、この年フジは前年まで7年連続で保持してきた年間視聴率三冠王の座から陥落。それを象徴するように、かつて同局で07年に平均視聴率17.0%とヒットした若者向けドラマ『花ざかりの君たちへ〜イケメン♂パラダイス〜』が、4年ぶりにリメイクされるも――平均7.1%と惨敗。そう、わずか4年の間に、若者がテレビから離れてしまったのだ。
そして以降、若者のテレビ離れはますます進み、一方でテレビ界は視聴率を取るために中高年層に照準を合わせるようになった。その結果、彼らが好む情報バラエティや刑事ドラマの類いが急増する。若者のテレビ離れと言いつつ、その実“テレビの若者離れ”と言われるのはそういうことである。
なぜ若者はスマホに夢中になったのか
それにしても――なぜ、スマホはそれほどまでに若者たちを惹きつけたのか?
1つ考えられるのは、“時間”である。
そう、時間――。
ネット社会の現代は、情報が氾濫している。Googleの元CEOエリック・シュミットが「人類が生まれてから2003年までに作られたデータ量と同じ量のコンテンツが、現在では48時間で作られている」と述べたほど、現代は情報の洪水の中にある。
そんな中、僕らは日々、莫大な情報の取捨選択に忙しい。嗅覚に優れ、好奇心旺盛な若者たちなら尚更である。そんな時代を生き抜くには、いかに時間を効率的に使いこなせるかが鍵になる。
そこでスマホだ。
それは、世界とダイレクトに繋がれるツールである。しかも、どこでも自在に持ち運べる。つまり――情報の取捨選択に費やす時間を、自分の思い通りに“編成”できる。そこに若者たちは惹かれた。
すべての情報はスマホから
一方、テレビに目を向けると、放送プログラムはテレビ局の都合で編成され、視聴者は決められた時間にテレビの前に座っていなければいけない。録画した番組を見るにしても、テレビの前にいないといけないのは同じだ。
若者にしてみれば、ドラマを見るために、貴重な1時間をテレビの前に束縛されるのは、耐えられないのだ。
そんな次第で、今や若者たちはあらゆる情報をスマホから取り入れるようになった。ファッション誌がここ数年、急速に売り上げを落として休刊が相次いでいるのも、スマホにマーケットを奪われたからである。わざわざ発売日を待って、書店に足を運ばなくても、スマホを開けば様々なアプリを通じて流行の服や探している服にアクセスできる。しかも、その情報は無料で、クリック一つで購入もできるのだ。
ドラマ受難の時代へ
――とはいえ、スマホが全てに万能というワケではない。スマホにとって苦手な分野もある。その最たるが「動画」である。先にも述べたように、Wi-Fiなどに接続せずにスマホで動画を見ると、すぐに通信量が上限を超え、速度制限がかかってしまう。これがネックで若者たちは大人たちが思っているほど、スマホで動画ばかり見ているわけではない。中には、「WiMAX」などのモバイル機器を使って動画を楽しむ若者もいるにはいるけど、まだまだ少数派だ。
一方、テレビ局の側は、視聴者に“見逃した番組”をタイムシフトで見てもらおうと、今や連ドラの多くは一週間限定で、ネットで無料配信されている。でも――その施策が若者たちに十分に活用されているとは言い難い。
だが、そんな心配も、あと2年もすれば解消されるかもしれないのだ。
2020年、テレビは再び若者メディアに?
そう、それが2020年に予測される「5G」時代の到来だ。
先にも述べたように、5Gになると通信速度は今の100倍、やりとりできる通信量は実に1000倍になるという。要は、現行の1000分の1のコストで動画が見られるようになるということ。
そうなると、Wi-Fi環境のない若者でも、外出先で好き放題、動画を見ることができる。連ドラの見逃し配信も24時間、好きな時にアクセスできる。
こうなると、何が変わるかというと――再びテレビ局が、若者向けにドラマを作るかもしれないんですね。現在、連ドラは、中高年層が好む刑事ドラマや医療ドラマが多くを占めているが、これが90年代のように若者向けのラブストーリーが氾濫するようになるかもしれないのだ。
バラエティも、現行の情報バラエティや医療バラエティの隆盛から、再び若者向けのお笑い番組やドキュメントバラエティ路線へ回帰するかもしれないのだ。
テレビの視聴スタイルが変わる
いや、それだけじゃない。
動画のコストが事実上、フリーになることで予想される最大のシフトチェンジ――それは、スマホなどのモバイル端末で動画が流し放題になることで起きる“テレビの視聴スタイルの変化”である。
そう、現在、僕らはテレビを見るとき、あらかじめテレビ欄などで番組をチェックしてから見る。しかし、その視聴動機が大きく変わるかもしれないのだ。ここで活躍するのがスマートウォッチ――腕時計型のスマホである。
まず、スマートウォッチでNHKのアプリを立ち上げ、番組をオンエア状態にする。そして一旦、メインの画面は他のアプリに切り替える(番組はバックグラウンドで再生され、音声も自動でオフに)。だが、他のアプリの操作中に、番組がSNSでバズったり、緊急性のあるニュースが流れたりすると――自動的にテレビ画面に切り替わり、音声もオンになる仕組みだ。かくしてユーザーは生で決定的瞬間に立ち会えるのである。
これ、以前のコラム「『AbemaTV 72時間ホンネ』テレビを検証する」でも解説したけど、テレビの視聴スタイルが「テレビを見る→何かが起きる」から、「何かが起きる→テレビを見る」に変わる――ということなんですね。
モバイル端末でテレビが流し放題になることで起きる最大のシフトチェンジが、まさにこれである。
2020年代はIPサイマル放送時代へ
その予兆はある。
来年の2019年、NHKはインターネット同時配信(IPサイマル放送)を始める予定なんですね。既に、先のリオデジャネイロオリンピックや平昌オリンピックで試験的に実施したIPサイマル放送が、いよいよ24時間体制になるということ。ちなみに、イギリスの公共放送のBBCは2007年からネット同時配信を始めているので、これでも随分遅いくらいだ。
一方、民放各局は今のところ、この流れに反対している。民放自身はスポンサー対策や設備投資、系列局との調整などでIPサイマル放送のハードルが高く、NHKの抜け駆けを許さないという姿勢である。
だが――放送行政の大きな流れで言えば、既にラジオ業界がNHKと民放の共同で、ネット同時配信アプリの「radiko」を実現させて聴衆者を増やしたように、早晩、テレビ業界もその流れに乗ると思う。何より優先されるべきは、視聴者の利便性だからである。
リコメンド+少し巻き戻し
そう、来るべき5G時代の2020年代――。
NHKと全民放がネット同時配信(IPサイマル放送)を実現すると、テレビの視聴スタイルは大きく変わる。
先に示したスマートウォッチによるモバイル視聴(動画流し放題)が標準となり、もはやテレビは“何かが起きてから見る”メディアになる。
それは、こんなイメージだ。
まず、スマートウォッチで全テレビ局のアプリを立ち上げ、全ての番組をオンエア状態にする(5Gの容量なら全く問題ない)。そしてメインの画面では、別のアプリを操作している。と、その時――突如、画面が切り替わり、××テレビの『△△』という番組が立ち上がる。サプライズでゲストが呼ばれ、自分の贔屓の女優の○○が登場したのである――。
そう、未来のテレビは“リコメンド機能”が進化し、ユーザーの嗜好を自動で解析して、リアルタイムで決定的シーンに誘導してくれるのだ。
いや、それだけじゃない。その際、ほんの少し巻き戻して、決定的シーンの直前から見せてくれる(追っかけ再生みたいなもの)のだ。これなら、コトが起きてから誘導されても、肝心のシーンを見逃す心配はない。
スポーツは究極の3D中継に
来るべき5G時代――。
実は、テレビの世界ではもう一つ大きな進化がある。“3D”だ。
5Gになれば、やりとりできる情報量が格段に増える。それが最も生きるのが3Dの分野なのだ。3D映像は普通の二次元の映像に比べて、情報量が格段に多い。だが、5Gならその処理は問題なくできる。
2020年代――スポーツ中継はテレビの最も人気コンテンツになっている。その時代、サッカーや野球などのスポーツ中継はスマートグラスで、3Dで見るのが標準仕様だからである。スタジアムの特等席で、首を回せば360度の臨場感ある中継映像を堪能できるのだ。
さらに、その時代はスイッチャー(映像の切り替え)機能も、視聴者が自ら行えるように進化している。ボタン一つで、スタジアム内に複数設けられたベストポジションに瞬時に移動できるのだ。例えば、サッカーならゴールポストの真裏でも観戦できる。正直、実際にスタジアムで観戦するより、遥かに臨場感があって面白い。
未来のテレビは楽しい
いかがだろう。来るべき5G時代の未来のテレビ――。
その時代、テレビはモバイル端末で見るのが標準になっている。リコメンド機能で、自分が見たい番組やシーンに、オンタイムでほんの少し巻き戻して誘導してくれる。もう、「番組を見逃す」なんて言葉は死語になるかもしれない。
また、その時代、スマートグラスを使った3Dスポーツ観戦も人気を博している。ベストの観戦ポジションを、自らスイッチャー一つで切り替えながら楽しめる。正直、スタジアムで見るより100倍面白い。
そう、未来のテレビは、今よりずっとずっと――面白いのだ。
(文:指南役 イラスト:高田真弓)