『こっぴどい猫』『サッドティー』『知らない、ふたり』などで知られる映画監督の今泉力哉。新作をつくれば東京国際映画祭に呼ばれ、また映画だけでなくテレビドラマや乃木坂46の特典映像も手がけるなど順風満帆にも見えるが……ある日、先輩の映画監督に「今泉はまだ代表作がないよね」と言われてしまう。
長編だけで8本、短編も含めれば30本以上の作品をつくってきた今泉監督。
「俺はまだ代表作がなかったのか……?」「そもそも代表作って何だ?」
煩悶する今泉監督は、これまでに知り合った映画監督たちに連絡を取り、話を聞くことに。先輩から後輩、過去の仲間まで多くの監督と語り合う中で、光の道筋を探す。
今回は、沖田修一監督編の3回目! 沖田監督編最終回の今回は、今泉監督が沖田監督から学んだ“代表作をつくるためのヒント”つき!
第1回 映画監督:沖田修一『南極料理人』 後編
13、そもそもこの連載を始めようと思ったのは……
今泉 池袋シネマ・ロサでやった『このすばらしきせかい』……それを観に来てた人って誰だったんですか? ピクニックの春藤さんですか?
沖田 春藤さんから最初声かけてもらって……あれ? 何の話だっけ?
今泉 『南極料理人』を作った経緯です。『南極料理人』がどう代表作というか、転機になった作品になったのかをお話しいただければ、と。
沖田 そうそう。転機になった話をすればいいんだよね!
今泉 転機になった話もしつつ。なんか……難しいっすね。なんかいろんな映画監督に自分の代表作(転機になった映画)について聞いていくっていう連載を始めようと思ったのは、俺自身がみなさんがどうやって今のような商業の映画監督になっていったかを知りたい、っていうのももちろんあるんですけど、俺だけじゃなくて同世代や若い世代に伝えたい部分もあるんですよね。
インディーズの映画祭で小さな賞を取ったけどこれからどうしたら商業監督になれるんだろうって考えてる若手監督とかが結構多いので。そういう人が聞きたい話を聞き出せたら、と思ってはいるんですけど。自分もたまに若い監督志望の子から今に至る経緯を聞かれたりするんで。でも、実は「プロデューサーにふわっと声をかけられて」みたいなことしかないんですよねえ。
沖田 まあそうだねえ。
今泉 だから、その差ってなんなんだろうって思うんです。商業映画の監督になれる人となれない人の差というか。やっぱり長編の出来とか、それによってまた次の話が来るとかってことなんですかね。
沖田 なんかあんまり境目がなくなってきたような気がしないでもないけどね。予算少ないのもいっぱいあるし、そういうのに有名な俳優さんも出るし。
今泉 確かにそうですよねえ。
沖田 あと画も綺麗なことが多いしねー。なんか「ん? これ商業映画と何が違うんだろ?」みたいなことになってきたよね。
14、「なんかわかんないけどさ、人生って短いじゃん?」
今泉 沖田さんってオリジナルの映画が多いと思うんですけど、脚本・監督をどちらもしているじゃないですか。自分でプロデューサーのところにそういう企画を持ち込んだりとか、営業的なことってしてるんですか?
沖田 いや、なんかそれまでの縁でかなあ。常にやりたいことは2つ、3つあるじゃん。だからプロデューサーと話してて「何かやりたいの、ない?」って言われた時に、話の流れでやりたいこと話したら「それいいね!」ってなって、時間があるときに書く、とかかなあ。
今泉 原作にしろオリジナルにしろ、積極的に企画を持っていってる人と、仕事をしてる中で「何かないですか?」って言われて出すぐらいの人と。そのへんも本当にみんなバラバラっぽくて。
沖田 今泉くんはどうなの? 持っていってるの?
今泉 いや、俺、企画書っていうのをちゃんと書いていろんな人に渡して、みたいなことを一切したことがなくて。そもそも企画書を書いたことがないです。ふらっと連絡がきたり。あとは学校製作みたいなワークショップ映画とかは「やりたい」って手をあげることはあるんですけど。そういうのは先に企画書や脚本が必要じゃないので。だから一切ストックがないんですよね。やりたい話を常にいくつも準備してる、とかじゃないんです。
沖田 まあそうだよなあ。
今泉 なんか沢山準備していて、流れた(進めていたのに実現しなかった)企画が沢山あるっていうわけでもないから、知り合いの監督とかから「3つくらい動かしてて1つ動けばいい」みたいな話を聞くと、とんでもない数をみんな動かしてるんだな、って思います。そういう意味では恵まれてるのかもなあ。
沖田 いや、俺もね、最近そうなんだよ。同時にいろんなこと出来ないじゃない? 出来ないんだけどさ、なんかあれもこれもみたいなこと言われるとさ「あれ? なんなんだ俺は?」みたいな感じになってくるよね。
今泉 しかも、同じ会社から2つとか企画が動き出したときに「あれ? 前のやつはどうしたの?」って感じになる。「ちょいちょい! こっちじゃなくて、あっちはどうなってるの? 流れたの?」みたいな。
沖田 (笑)。で、時間がかかるじゃない? 映画とかさ、1個やりますってなったら。
今泉 1年くらいとか、余裕でかかりますよね。
沖田 そうそう。1年経った頃には自分が「あれ、俺、何やりたかったんだっけ?」ってなるもんね。
今泉 それ、映画学校に行ったときに最初に気づきました。元々、大学でゆるく映画を作ってて、その後、お笑い学校(NSC)に1年行って、また映画づくりに戻ったときに。
お笑いって前日とか数日前に面白いと思って書いたネタが、数日後には発表できるじゃないですか。演劇も、公演日が決まってたりするので、そこに向けてできるというか。でも、映画ってほんとに思いついて、いろいろな諸準備があって、それこそキャスティング、お金集め、スタッフィング、ロケハン、それから撮って、仕上げて、発表して……学校製作の短編ですら上映まで半年とか平気でかかったから、すごい時間がかかるなあと。その時に思ったんです。半年後でも興味が持ててることをやらないとこれはダメだなと。
沖田 あ、そうそう。それがほんと怖い。
今泉 (笑)。そんな思いつきでやってるんですか?
沖田 違う違う(笑)。違うんだけど、その……なんかさ、すごく色んな人からさ、「あれやりませんか?」「これやりませんか?」って言われるときにさ。俺もある程度、年取ってきたから経済的なことも考えないといけないと思ったときに「これやったらいい金になるかもしれない」って思ったりもするじゃない。でも、その映画へのモチベーションと経済的なことは、一切比例しないんだよね(笑)。ただモチベーションがないと監督としてその場で何も言えないじゃない。そうすると、俺、変になることがあって、「なんだこれ?」みたいな(笑)。
今泉 俺が現場で一番テンション低いぞ、みたいな。
沖田 「なんか分かんないけどさ、人生って短いじゃん? 何やってんだよ」みたいなさ(笑)。
今泉 すっごいわかります。
沖田 「なんだよ!」って怒るときあるからね。「人生って短いじゃん」じゃないんだけど(笑)。いやー、ほんと名刺になるからね、作品って。残るし、なんか怖いよね(笑)。
今泉 やっぱ企画も自分発信で動かしていった方がいいんですかね。いろいろ考えちゃいますよねえ。沖田さんは、オリジナルより、原作ものをやるときに怖くなる、みたいなことの方が多いですか?
沖田 どうだろう……。でも、オフィス・シロウズの佐々木史朗さんに言われた言葉ですごく覚えてるのは「原作ものとか、結局他人から言われてやるものも、結局は監督の映画になるから大丈夫だよ」っていう言葉。ああ、そうだよなあ、って思った。「結局監督のものになるよ」って言われて、それは残ってる。
今泉 こだわるとかじゃなくても
沖田 わかんないけど、どういう話が今後来たとしても、結局はそうなるんだからさ、みたいな。だから意固地にはなってないですね。
今泉 確かに『横道世之介』って言われたときに、もう今や原作の小説よりも思い浮かべるようになったのは、高良健吾さんの太陽ルックですよね。
沖田 あっ、高良くんのあのインパクトは、そうかもしれないですよね。高良くんのものっていう気がしちゃう。吉田修一さん(原作)のものだけど(笑)。
今泉 元々は(笑)。でもすごいですよね。原作ものでそういうふうになるってすごくいいことですよね。
15、長編映画を10本つくるということ
今泉 話ちょっと変わるんですけど、前に自分の『退屈な日々にさようならを』っていう映画のトークゲストで沖田さんに来てもらったときに、上映後に軽く飲みにいって。その際に監督した本数の話をしたの覚えてます?
沖田 本数?
今泉 はい。俺は『退屈〜』が長編7本目で、新作の『パンとバスと2度目のハツコイ』が長編8本目なんですけど。そのとき、沖田さんが「10本って、なんか一区切りだから撮りたいよね」みたいな話をしてたんです。覚えてるかわからないですけど。居酒屋のトイレで。確か、並んで小便をしながら。
沖田 話したっけ?(笑)
今泉 「10本ってやっぱりすごいよね。『10本撮ったんだ、俺』みたいになる。そしたら映画監督って名乗っていいよなあ」みたいなことを言ってたと思うんですけど、
沖田 ああ、10本撮ったらすごいよね、やっぱね。うーん、覚えてないな(笑)。
今泉 酔っ払ってたと思うんですけど、それがすごく印象的で。沖田さんでも、まだそんな風に考えているのか、っていう。真摯というか。あとは「こういう映画(『退屈〜』)が最終的に残るのかな」みたいなことを言ってもらえたのがすごく嬉しくて。
俺の撮ってるああいうスタンスの映画は、ある種、健全というか。やりたいキャストとやりたいスタッフと、オリジナルの脚本で。大人の事情もないし、予算の少なさ以外のしがらみ等が何もなくて。まあ、それが絶対いいとは思わないんですけどね。
沖田 ああ、でもそういうのはあると思う。そういう映画が長生きする。
今泉 最終的に勝ち残りそうだね、みたいなことを言われたのをすごい覚えていて。映画もっともっと自由になっていくというか、さっき言ってたような、機材やら何やらがどんどん簡単に手に入るようになって、それこそ小さな作品にも有名な役者さんも出て、みたいなことってこれからどんどん増えていくと思うんです。
役者さんのほうでも、そういう(作品の大小は関係ない、面白ければ出る)ってスタンスの方はたくさんいて、まあ事務所とかは色々言ってくることがあるかもしれないんですけど、役者さん本人はやりたがってくれてる人とか多いですからね。
沖田 まあ俺はどっちがいいかどうかとかはわからないけど……。でも今泉くんのあの作り方は、ちょっとフォームがあるみたいな感じだったし、ああいうのが結局代表作になっていく、みたいなことは得てしてありそうだなっていう気はするけどね(笑)。
今泉 あの作品は特にそうだったかもしれないですね。実家で撮ったりしていたので。
沖田 観てて、いやー、なんか作ろ!みたいな感じになる(笑)。
今泉 やっぱり自主とかインディーズっていうか、依頼される前につくったものってそうじゃないですか。勝手につくってたわけだから。
沖田 そうだね。結局誰に言われなくてもね、これ面白いなって思ったらつくりたくなるよね。
16、『南極料理人』が代表作である理由
今泉 最後にシメとしてあらためて『南極料理人』を代表作に選んだ理由をお聞かせ願えますでしょうか。事前の勝手な予想だと『横道世之介』が返ってくる気がしていました。沖田さんの代表作って確かに選ぶの難しいですよね。
沖田 一番いいのはね「代表作はネクスト・ワン」とか言ってみたいよね。
今泉 まだ撮ってないみたいな。誰か有名な人の言葉ですよね。たしか黒澤明。
沖田 このあいだ『南極~』でも『横道~』でも一緒だったスクリプターの田口さんと茂木さんっていう助監督さんと、芦澤さん……芦澤さんは帰ったのか。まあ、たまたま久しぶりに飲んでて。カウンターしかない店で3人並んで。そしたら一番端っこにいた茂木さんが、隣にいた女の人と仲良くなって。保健の先生だったかな、全然映画とは無関係の人で。その人が「なんか話聞いてたんですけど、映画撮ってるんですかー?」みたいな話の流れになって。それで「監督だよ」とか言われながら話してたんだけど、タイトルとか言っても全然わかってもらえないわけ。で、『南極料理人』って言ったときに「あっ、知ってます!」って言われて、あっ、代表作『南極料理人』だなって(笑)。
今泉 でもそれは代表作って感じしますね。嬉しいですよね。
沖田 いやいや、そもそも10本撮ったらようやくなんとかだって言ってるのに代表作だなんて言ってらんないんだけどさ。
今泉 そういう反省も踏まえた対談なんで(笑)。代表作を聞くっていうことにかこつけて、いろんな話を聞くっていう。「次は何本目だからこういう作品にしたい」みたいな意識とかないですもんね。
沖田 ないないない。
今泉 9本撮った沖田さんが「次10本目なんで、ちょっとこれはできません」とか言ってたら……。
沖田 ああ、でもそれはちょっとあるかもしれない。「次10本目なんで、アニバーサリーなんで」って言って(笑)。
今泉 (笑)。たまたま来ただけっていう【ザ・お仕事】みたいなのが10本目だったら?
沖田 それはそれで楽しいよね。
今泉 意識しないだろうなあ。
沖田 いや、わかんないよ。でも、ただ『南極料理人』は、急に大きな予算で映画撮ることになって、その結果、今の仕事が続いてるっていうのは、やっぱ代表作なんじゃないかなって思ってる。
今泉 プロデューサーって全部が一緒なわけじゃないですよね。
沖田 東京テアトルの西ヶ谷さんとシロウズの佐々木史朗さんかな。
今泉 昔、何かの雑誌か、映画のチラシの裏か何かに史朗さんのコメントで、「若手では沖田さんと一緒に仕事がしたい」って書いてあったの、すごく覚えてます。
沖田 昔からお世話になってて。
今泉 短編のころからですよね?
沖田 うん、水戸短編映像祭に佐々木さんは最初、審査員じゃなくて来てたんだけど、その時に声かけてもらって、「シロウズに遊びにおいで」って言われて。俺もほら、血気盛んだから企画の話になったときに馬鹿みたいにいっぱい話して。「いつか一緒にやろう」って言われてたのが『キツツキと雨』で実現して。
今泉 それこそ、俺も佐々木さんと一番最初にお会いしたのは水戸短編映像祭です。
沖田 同じだね!
今泉 そうなんですよ。でも沖田さん、そのときのグランプリ作品を観せてほしいって言ったら、もうあれは観せないって。でもその水戸短編、第6回? 7回?
沖田 観せない(笑)。俺、7回だったと思う。たぶん。
今泉 いつか観せてください。『鍋と友達』!
17、まとめ〜代表作をつくるヒント〜
沖田さんとお話ししてみてたくさん収穫があった。
私が代表作をつくるために必要ないくつものヒント。
それを最後にまとめます。
<1> 出会いを大切にする。
俳優との出会い。良きプロデューサーとの出会い。出会ったとしてもそのチャンスを生かさない人もたくさんいると思う。沖田さんは長いこと関係が続いている人がたくさんいる。それはやっぱり素晴らしいことだと思う。
<2> 1本1本を丁寧に。
どの映画もこだわってつくっている印象を受けた。ベテラン俳優を相手にしても当たり前に作品をよくするために演出をする。これって簡単なようで意外と難しかったりもする。でも、活躍されている監督たちは沖田さんに限らずみんな当たり前にそうしている。そりゃ、どんなに経験がある俳優だって、<関わった作品を面白くしたい>という思いに差はないはずだから。自信を持って演出をして、自分が思ういい作品にしていかなくては。下手な遠慮は逆に失礼になる。
<3> 楽しむ。
沖田さんの映画に携わっている人は現場を楽しんでいるように思えた。声を出して笑ってしまう、というエピソードだけでなく、沖田さんが自ら現場をリードして楽しんでいるから、あんなに俳優陣が生き生きとした映画が生まれるのだと思う。どんな現場なのか見てみたい。参加してみたい。そう思える現場なんだろうなって思った。まあ、沖田さんが現場を一番楽しんでいる、なんて、簡単には言えないけど(映画づくりってそんな簡単なものではないし)。でも間違いなく、沖田さんは映画をつくるのが好きなんだろうなって思った。
そして今回感銘を受けた言葉は2つ。
「原作ものとか、結局他人から言われてやるものも、結局は監督の映画になるから大丈夫だよ」by 佐々木史朗(オフィス・シロウズ)
「なんかわかんないけどさ、人生って短いじゃん?」by 沖田修一
さて、次回もお楽しみに。