放送開始から50年目を迎えた『笑点』(日本テレビ系)。現在も20%近い視聴率をマークし続けている超人気番組だ。大喜利のコーナーでは、司会・桂歌丸の“恐妻家”ネタをはじめ、林家木久扇の“木久蔵ラーメンマズい”ネタ、三遊亭円楽の“腹黒”ネタなど各メンバーがそれぞれのキャラクターを持ち、お互いにイジリ合うことで、笑いを生んでいる。
そのなかで、唯一キャラ付けのされていない落語家がいる。そう、ピンクの着物に身を包む三遊亭好楽だ。計30年以上もメンバーでありながら、未だにこれといったキャラを見つけられないでいる。
そんな好楽は、最近になって、やたらと“つまらないキャラ”“暇キャラ”をみずから推している。5月10日の放送を振り返ってみよう。
まず、冒頭の挨拶で、
「小学校1年のとき、毎日毎日、大塚の鈴本キネマに(映画『君の名は』を)観に行きました。考えてみたら、小学校のときから、私は……暇だったんですね」
“私は”のあとに間を空けて、“暇”を強調。
つづいて、「大喜利」1問目では、このような回答をした。
好楽「ゴールデンウィークでショックな出来事が……」
歌丸「何があったの?」
好楽「落語家なのに、8連休でした」
これまた、“暇”ネタでウケを狙いに行った。ともに、ややウケではあったが、以前の好楽と比べると、笑いが取れていたことも事実だ。
「大喜利」2問目は、
<面接にやってきた人になって自分をアピールしてください。面接官の私が「本当に経験者なのか?」と伺いますので答えて頂きたい>というお題。
この問題に対し、好楽は伝家の宝刀(にしたいと考えている)“つまらないキャラ”を持ってきた。
好楽「あの……落語家の仕事したいんですけど」
歌丸「経験者かい?」
好楽「経験はあるんですけど、ユーモア性がないんです」
この答えで、観客席は爆笑の渦に。かつての好楽では考えられないほどの笑いが起こった。
だが同時に、私には、好楽がいつもウケない理由も垣間見えてしまった。
好楽は“つまらないキャラ”“暇キャラ”を推した3度とも、言い終わった後にみずから笑っているのだ。
自分の言ったギャグに対して、自分で笑う。
それはすなわち、みずからを“つまらない”と評したことに対しての矛盾が出てしまっている。
自分のことを“つまらないから暇だ”と本心から思っていれば、みずからの回答に笑顔を見せることなどないはずなのだ。
思い出してもみてほしい。木久扇が“木久蔵ラーメンマズいネタ”を言い、歌丸や円楽に突っ込まれた後、笑ったことがあるだろうか。木久扇は、いつも困ったような顔をする。そこで笑ってしまえば、“木久蔵ラーメンマズい”はネタとして成立しづらくなるからだ。
ただ、好楽にも成長の跡は見られる。かつての好楽であれば、ウケた後は必ずといっていいほど、「ドヤ顔」をしていた。顔を斜めに向け、下からカメラを覗き、上目遣いになる好楽特有の「ドヤ顔」だ。
観客とすれば、いくら面白かったり、上手いことを言われたりしても、「ドヤ顔」をされた時点で気持ちが離れて行ってしまう。「え……そんな顔するほど上手くないだろ」「ただのダジャレでドヤ顔かよ……」と一気に引いてしまうのだ。
最近の好楽からは、「ドヤ顔」が消えつつある。そのため、観客も素直に笑えるようになったのだろう。
しかし、一周回って、これは本当に正解なのかと好楽に問いたい。
「ドヤ顔」こそ、好楽の持ち味なのだ。笑点メンバー全員が面白くなる必要などない。好楽がつまらないからこそ、周囲の面白さが引き立ち、『笑点』の視聴率が保たれている側面もある。ほかのメンバーで笑ったあと、好楽がたいして上手くないことを言って、「ドヤ顔」をする。
これに対し、視聴者は一斉に「なんで今の答えでドヤ顔するんだよ!!!」と突っ込む。会場ではウケなくても、視聴者にとって好楽は必要不可欠な存在なのだ。
それなのに、「ドヤ顔」を止めてしまい、“つまらないキャラ”を定着させようとしたら、好楽の価値は半減してしまう。“つまらないキャラ”を演じる必要などない。
好楽は本当につまらないからこそ、価値があるのだ。
(文:シエ藤)