『ディアーディアー』菊地監督待望の第2作はまさかの……
2015年に監督デビューした、菊地健雄監督。デビュー作『ディアーディアー』は、監督を慕う染谷将太&菊地凛子夫婦も友情出演する豪華な布陣、そしてモントリオール世界映画祭にも出品された。監督の実際の故郷でもある足利を舞台に、田舎に残る長男と、田舎から出ていった弟と妹、3人の人生を、哀しくもおかしく描き出し、単館公開ながら、大きな話題となり、2015年の記憶に残る1本となった。
そんな菊地監督の第2作は7月15日(土)に公開される『ハローグッバイ』。萩原みのりと久保田紗友という若手女優を主演に迎えた青春映画の様相を呈しているが、なぜ菊地監督が、『ディアーディアー』から一転、女子高生を描く作品を??
ということで“永遠のオトナ童貞のための文化系マガジン・チェリー”では、まずは主演の2人に『ハローグッバイ』の話を聞くことに。
そして、続いては、菊地健雄監督にインタビュー。『ハローグッバイ』を撮ることになったきっかけを伺いながら、この2作品繋ぐポイントはないか、掘り下げていくことに。すると、話は菊地監督の人生や、映画の登場人物と彼らが生きる場所の作り方……などに広がっていった……!
まさかの“女子高生縛り”から考えたこと
――正直、映画本編を見る前のポスターだけを見た段階では意外でした!『ディアーディアー』の菊地さんが次に撮るのは女子高生の話なのか、と。
「たしかに、いい年したダメな大人しか出てこない映画の次が、女子高生が主人公の話ですからね(笑)。今、その温度差を多くの人が見る前に感じているところかもしれません」
――もちろん、通じる部分はあったわけですが……。まずは、どういうきっかけでこの『ハローグッバイ』を作ることになったのでしょうか?
「今回はSMA(ソニー・ミュージックアーティスツ)のプロデューサーの方に『萩原みのりさんと久保田紗友さんの2人で、女子高生の映画をつくる』というお話をいただいたところから始まりました」
――では最初はもうちょっと学園モノっぽいイメージだったんでしょうか?
「ええ、最初にいただいた企画書に書いてあった物語は、女子高生の学校の中での人間関係をめぐる話でした。ただ、原作モノではなくオリジナルでいいというお話だったので、『せっかく僕がやらせていただくなら、何か僕なりのアレンジを加えさせていただいてもいいですか?』というお願いをしました。それこそ、学校の中の人間関係でいえば『桐島、部活やめるってよ』のような名作もある中で、何か違う方向に映画を転がせられないだろうか、ということで、入り口の部分で相当に悩みましたね」
2人を“世界”に触れさせるために
――その中で、もたいまさこさん演じるおばあちゃんと出会うというストーリーが現れたわけですね。
「プロデューサーや脚本の加藤さんと議論をしていく中で、2人の間におばあちゃんを入れる、というアイディアが出てきました。そのときに、光が差した気がしましたね。おばあちゃんと出会うことで、2人が学校という空間から外に出て、別の社会や世界に触れられる気がしたんです。ちょっと大げさな言い方をすれば、2人が自分たちのいた世界とは違う世界を歩く、旅をしていくようなイメージが生まれて、この映画がスタートしていきましたね」
“想像できない”を楽しむ
――とはいえ、前回とはまた趣の違うスタートで不安ではありませんでしたか?
「『ディアーディアー』が、それまで自分が溜めていたやりたいことを、ぶちこんでいくことで成立させたタイプの映画だったとしたら、正直、今回はどう転ぶかはわからないタイプの映画でした。前回は、田舎に残った人間と出ていった人間という、自分も感情移入しやすい問題を扱っていましたけど、今回は40歳近くなった僕が、女子高生の人間関係ですからね(笑)。でも、そのどう転ぶかわからない感じを、自分でも楽しんでいた感じがありますね」
――結果、いい方向に転んでいったのではないでしょうか。
「転がっていく中で、自分が計算していた以上のことが起きたりして、それで1つの作品として結実していくのは、スリリングで難しくもあったけれど、楽しかったです。現場で、俳優さんたちの演技に触れて、僕自身が発見することも多くありました。特に主演の2人に『これまでは自分の演技やできあがる作品がなんとなく想像できたけど、今回だけは想像ができなかった』と言われたときは嬉しかったですね」
生きるほど、“かつてあったもの”が失われていく
――成り立ちのお話を聞いて、やはり、この『ハローグッバイ』に、おばあちゃんが出てくることで、菊地さんの映画になっていったのが、とてもわかる気がしました。菊地さんの映画には、人生の中で失われた過去、言い換えれば、あるはずだったかもしれない人生を取り戻そうとする人が出てくる気がするんです。『ディアーディアー』の次男や長女しかり『ハローグッバイ』のおばあちゃんしかり……。
「その指摘は初めてです。面白いですね……。うーん、今言われて考えてみたんですけど、 “かつて自分の中にあったけど失われていくもの”って生きていく中で、増えていく気がするんです。そして、人生に満足して迷わずに生きていけてしまっている人よりも、そういうものを抱えている人に興味があるんですよ。今回、過去の恋愛に生きるおばあちゃんのアイディアが出た瞬間に面白いかも、と思えましたしね。自分の中で抱えてる葛藤や悩みが、無意識の中で登場人物の中にも出てきてしまうのかもしれません。僕自身も“映画をやっていない自分”を想像することが、ある時期まではありました」
「もう映画はいいだろう」
――そんな自分がよぎったりするんですね。
「割と最近の話なんですが、『ディアーディアー』を撮ったあと、地元の足利でイベントがあったんで帰ったんですよね。そのときに、父親が車で駅まで送ってくれて。そうしたら『お前も1本映画を撮れて、それがこれだけ認めてもらえたんだから、もう映画はいいだろ。早く実家に帰ってこい』って言うんですよ(笑)」
――ええっ、そっちですか! 名作を撮って、やっと父親が理解してくれたとかそういう話かと思いましたよ!(笑)
「もうね、僕も『いやいや、待ってくれ、そんな思い出つくりのために映画をやってきたわけじゃない(笑)』と。そういうことを言われると、まだまだやりたいこともたくさんあるし、これからだぞ、と思う反面、残された時間のことも考えてしまうんですよね」
“残された時間”を考える
――残された時間、ですか。
「間もなく、40歳を迎えるんですが、人生を半分生きてしまった感覚があるんですよね。人生ホントにやり直しがきかない年になってきて、残された時間を考えてしまうんです。監督をやり通すということが難しい世の中でもあるので、こんな幸運が続いていいのだろうか、5年後失業してるんじゃないだろうか、と不安がよぎることもありますしね。そういうことは、年齢の関係もありますが、結婚したことで、より考えるようになった気がします」
もたいまさこの提案で出てきたラストシーン
――そう考えると、今回の映画の中では、もたいさん演じるおばあちゃんにも、監督自身の葛藤が出てきているのかもしれませんが、渡辺真起子さん演じる、娘さんにも出てきているのかもしれませんね。
「世代的にも、今の自分のリアルな悩みという意味でも、渡辺真起子さんが演じた役は近いですね。うちは幸い、両親も祖母も元気でやってるんですが、もちろん老いを感じることはあって。そこに対する悩みは無意識に入っていると思います。特にもたいさんと渡辺さんの最後のシーンはグッときましたね」
――もたいさん演じるおばあちゃんが、女子高生2人にあることを言い、それを聞いている渡辺さんの表情、素晴らしかったですよね。
「実はあの最後のシーンのセリフはもたいさんからのご提案なんです。もたいさんに助けていただかなかったら、あんなシーンにならなかったでしょうし、お陰で、より映画に深みを与えていただいた気がします。自分でも見返したら泣いてしまいそうです(笑)」
“ありそうでなさそうな風景”の作り方
――登場人物もそうなのですが、菊地さんの作品では、ロケ地も印象的です。前回の、地元・足利も素晴らしかったですが、今回の舞台となるのは、田舎とも都心とも言いづらい、またちょっと違った雰囲気の場所です。
「実際、足利は行ってみると『ディアーディアー』のままとは言いづらいんですが(笑)。“僕が外から見た足利”というイメージに近づけていったんです。今回の『ハローグッバイ』では田舎をやめようと思ったんですが、都心すぎるのもちょっと違うな、と。都心の人の抱える孤独さや、人と人との距離感が、田舎とは正反対になりすぎてしまうんですよね。それで間をとって郊外にしました。実際には川崎から町田あたりで撮影しています」
――確かに、あのおばあちゃんは、決して渋谷区や港区は歩いてないですが、町田や川崎に行ったら歩いていそうです。あの階段も特徴的ですが、どこか自分の生きてきた風景にもあったように感じられました。
「ありそうでなさそうな微妙なさじ加減って、映画に必要だなと思うんですよね。今回、作品の舞台は色んな街の風景を切り貼りしているわけですが、実際に映画の中ではどういう街になっているのか、というイメージ図を演出部に作ってもらったりしました」
映画には“ちょっとしたウソ”が必要
――ありそうで、なさそう。なかなか難しそうですね。
「やっぱり、それが映画なりの表現方法だと思うんですよね。ちょっとジャンプすること、言い換えれば、少しウソをいれること。『ディアーディアー』でいえば、田舎にはよくあることを、たくさん詰め込んではいますが、実際には人は葬式であんなにブチ切れたりしないですよね(笑)。『ハローグッバイ』も、女子高生のリアルを切り取ろうという意識はありましたが、全てがリアルなら、それはドキュメンタリーでいいじゃないか、となってしまいます。そこで、鼻歌ひとつで人がつながっていく、というある種のジャンプを入れたんですよね」
――こうやってお話を聞いていくと、たしかに、『ハローグッバイ』は、今の女子高生たちのリアルさがつめこまれながらも、一種のファンタジー性もある、素晴らしい「ありそうで、なさそう」でした。ということで、後半は、どうアラフォー男性である菊地さんが、リアルな女子高生を撮っていったのか、という話も伺えればと思います。
(文:霜田明寛 写真:浅野まき)
菊地監督インタビュー・後編はこちら!
■関連情報
映画『ハローグッバイ』
7月15日(土) ユーロスペースほか全国順次公開!
キャスト:萩原みのり 久保田紗友
もたいまさこ ほか
監督:菊地健雄