ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
チェリーについて

第43回 『カメ止め』に学ぶオマージュの心得

あらかじめお断りしておくが――今回のコラムは、映画『カメラを止めるな!』(以下『カメ止め』)のネタバレを含んでいる。なので、映画を未見の方は、先にそちらを見られてから読まれることをお勧めします。

さて――皆さん、忘れてません? 『カメ止め』に盗作疑惑騒動があったことを。
そして数日もすると騒動は立ち消えになり、その後、何事もなかったようにウヤムヤになってしまったことを。

思えば同映画、都内2館から始まった上映が、あれよあれよと全国300館へと拡大。公開100日を超えても週末ランキングのベスト10内に留まり、興行収入は累計24億円を突破――もはや全国ロードショー公開の大作と変わらない大ヒットとなった。

そんな2018年を代表する映画に突然、降りかかった盗作騒動。その真相はどこにあるのか。そして何ゆえ――騒動は立ち消えたのか。今回はその辺りに踏み込んで、話を進めたいと思います。
おっと、今回はテレビネタではないけど、広義のエンタメ話ということで、お付き合いのほどを――。

全てはヤフトピ砲から始まった

忘れもしない、それは“ヤフトピ砲”から始まった。
そう、今からひと月半ほど前の8月21日の朝、突如ヤフートピックスに“カメ止め「原作者」盗作主張”との見出しが躍ったのだ。何やら、ただ事じゃない様相。記事は、その日発売の週刊誌『FLASH(フラッシュ)』のスクープを要約したものだった。

ヤフートピックスとは、Yahoo!のトップページに掲載されるニュースの見出しである。1日約3000件アップされる同サイトのニュースのうち、編集部が随時更新・ピックアップする8本の見出しのこと。通称「ヤフトピ砲」と呼ばれ、1本あたり最大13文字の見出しに過ぎないが――これが凄まじい拡散力を持つ。

そのニュースもヤフトピに見出しが載るや、瞬く間にSNS等を通じて拡散された。それまで破竹の快進撃を続けてきた『カメ止め』を襲った初のスキャンダルだった。

舞台劇『GHOST IN THE BOX!』とは?

記事の内容は、舞台演出家の和田亮一サンによる告発だった。かつて自身が主宰した劇団・PEACEの演目『GHOST IN THE BOX!』(以下、『ゴースト』)に、『カメ止め』が酷似しているという。だから、自分たちを「原作者」としてクレジットしてくれと。
「構成は完全に自分の作品だと感じました。この映画で特に称賛されているのは、構成の部分。前半で劇中劇を見せて、後半でその舞台裏を見せて回収する、という構成は僕の舞台とまったく一緒。(略)……『カメラは止めない!』というセリフは、僕の舞台にもあるんです」

一体、舞台劇の『ゴースト』とはどんな話なのか。
簡単に説明すると、2幕劇である。前半はある廃墟の2階を舞台に、映画サークルの連中や廃墟マニア、作家らが偶然出くわし、不穏な空気の中、次々と謎の殺人事件が起きるというもの。一人、また一人と減っていく戦慄のサスペンスが展開される。
そして後半――この廃墟の3階が舞台となり、一転、コメディタッチとなる。登場人物に新たに映画監督や脚本家などが加わり、前半で観客が見せられていたものがアマチュア映画の撮影シーンだったことが判明する。そして、その舞台裏でどんなことが起きていたのか――その謎解きが面白おかしく描かれる。

『カメ止め』上田監督の告白

一方、『カメ止め』は3幕劇である。1幕目は山奥の廃墟を舞台に、ゾンビ映画を撮っているうちに本当にゾンビに襲われ、皆がゾンビになる話。で、2幕目はそれがワンカット生中継の映画『ONE CUT OF THE DEAD』と明かされ、話が一カ月前にさかのぼり、それを作る人たちの背景が描かれる。そして3幕目で、あらためて1幕目で見せた映画の舞台裏――予期せぬハプニングが次々に起きて、何とか映画を成立させようと皆が奮闘する様子が面白おかしく描かれる。

――まぁ、確かに両作品の構成はよく似ている。和田サンが言うのももっともだ。とはいえ、『カメ止め』の上田慎一郎監督は、当初から劇団・PEACEの『ゴースト』を見て、映画の着想を得たと繰り返し語っている。何も隠し立てしていない。
「この企画の着想は、2013年にPEACEという劇団(2014年に解散)の『GHOST IN THE BOX!』という舞台を見て、インスパイアを受けて作った作品です」

なんだか、双方の言い分が微妙に噛み合っていない。これは一体、どういうことか?

クリエイティブとオマージュの関係

まず一般論として――。
そもそもエンタテインメント界において、“クリエイティブ”と“オマージュ”は切っても切れない関係にある。よく「エンタメのクリエイティブとは、0から1を生み出すことではなく、1を2や3や5にアップデートする作業だ」と言われるが、エンタメにおける優れた作り手とは、どれだけ旧作を知っているかと同義語ですらある。

例えば、あのジョージ・ルーカスの『スター・ウォーズ』が、黒澤明監督の『隠し砦の三悪人』へのオマージュから生まれたのは有名な話である。かの宮崎駿監督の映画デビュー作『ルパン三世 カリオストロの城』も、少なくとも7つの作品からアイデアを拝借し、それを見事なコラージュで仕上げている。それでも両作品はパクリとは言われず、優れたオリジナル作品と称賛される。

パクリ疑惑は一流作家の通過儀礼

もっとも、この手の「パクリかオマージュか」といった論争はエンタメ界ではいつの世にもあり、大体、名の通った作家なら一度や二度はその疑惑をかけられている。いわば通過儀礼。逆に言えば、疑惑をかけられて一人前である。

あの村上春樹サンだって、デビュー作の『風の歌を聴け』が、カート・ヴォネガットの『スローターハウス5』のパクリだと指摘された過去がある。実際、短いセンテンスで構成された文体や独特のユーモア、途中に挿入される手描きのイラストなど、両作品は実によく似ている。言うまでもなく、それは村上サンによる確信犯的オマージュである。

漫画界では、石ノ森章太郎サンにその手の話が多い。例えば、『サイボーグ009』のラスト――009と002が宇宙から地球の大気圏に突入し、流れ星となって燃え尽きるシーン。地上でそれを眺める子供たちがとっさに願い事を唱える描写は、レイ・ブラッドベリの『万華鏡』のラストと酷似している。これもまた――限りなく“翻訳”に近い、石ノ森サンなりのオマージュである。

美しきオマージュの連鎖

そうそう、あのディズニー社だって、映画『ライオン・キング』が手塚治虫の『ジャングル大帝』のパクリだと指摘されたことがあるが――当の手塚プロダクションは何ら問題にしなかった。むしろ「もし手塚本人が生きていたら、『自分の作品がディズニーに影響を与えたというのなら光栄だ』と語っただろう」と喜びの声明を発表したほど。もっとも手塚サン自身、『ジャングル大帝』はディズニー映画の『バンビ』をオマージュしたものと過去に明かしている。つまり、オマージュの連鎖だ。

要するに――この手の問題で「パクリだ!」と騒いでいる人たちは、そういったエンタメ界のルールを知らないだけなのだ。工業製品などと違い、エンタメのアイデアに特許も実用新案もない。極論を言えば、全てのエンタメ作品のオマージュ元をさかのぼれば、かのシェークスピアの36通りの物語に行きつくと言われるし、もっと言えば、それすら元をたどればギリシャ神話である。

そう、エンタメのクリエイティブとは、美しきオマージュの連鎖なのだ。

異例のエンドロール

さて、それを踏まえた上での『カメ止め』である。
上田監督自身が再三、述べている通り、それは舞台劇の『ゴースト』にインスパイアされ、生まれたものである。それ自体は正当な行為であり、もちろん『カメ止め』をオリジナル作品と呼んで差し支えない。

いや、そればかりか、劇中に「カメラは止めない!」と台詞を入れることで、ちゃんとオマージュ元を明かしている。本来、エンタメの世界ではそこは明かさなくていいのに(見る人が、「あぁ、このシーンはあの映画が元ネタになってる!」と発見すればいい話)、わざわざ明かすことで、クリエイターの姿勢としては、むしろフェアプレーすぎるほど。

ところが――その一方で、舞台裏で何が起きていたかというと、冒頭で紹介した告発記事が出る一カ月ほど前に、和田亮一サンが上田監督に抗議し、『カメ止め』のプロデューサーも交えて三者の間で話し合いが持たれている。そして、8月の全国拡大公開にあたり、エンドロールに【原案:劇団PEACE『GHOST IN THE BOX!』】と追加表記される運びになったのだ。異例の措置である。

もう1つのオマージュ元

普通、オマージュ作品をそのように表記することはない。なぜなら、上田監督は『カメ止め』を作るにあたり、『ゴースト』以外に、あの作品にもインスパイアされたからだ。――三谷幸喜サン脚本の舞台劇『ショウ・マスト・ゴー・オン 幕を降ろすな』である。

同舞台は、今は亡き東京サンシャインボーイズの代表作の1つである。タイトルには、全ての舞台人の矜持である「一度開いた幕は何があっても途中で降ろしてはいけない」――が込められている。

そのストーリーは、『マクベス』を上演中の劇団の話だ。看板役者の座長が一人芝居を演じているが、老体で体調が悪く、しばしば台詞を飛ばして台本が改変される。一方、舞台ソデでも大道具が壊れるなど様々なアクシデントが起きて、話はどんどん違う方向へ転がる。仕舞いには座長が舞台上で死にそうになる。今すぐ注射を打たないと危ない。舞台の中止を叫ぶプロデューサー。それに対し、あっと驚く秘策で注射を打たせるなど、何としても舞台に幕を降ろさず奮闘する舞台監督――という話。三谷流の見事なコメディが展開される。

幕を降ろすな=カメラを止めるな!

上田監督は、この『ショウ・マスト・ゴー・オン 幕を降ろすな』に対しても、各所でインスパイアされた旨の話をしている。実際、タイトルの『カメラを止めるな!』は、『幕を降ろすな』へのオマージュである。
「ショウ・マスト・ゴー・オンって幕を降ろすなですよね。だからこっちは(映画なので)、カメラを止めるなです」

――となると、『カメ止め』は2つの作品からインスパイアされたことになる。『ゴースト』と同じ扱いをするなら、こちらもエンドロールで【原案:劇団東京サンシャインボーイズ『ショウ・マスト・ゴー・オン 幕を降ろすな』】と入れなくちゃいけないが――さすがにそれは変である。

そう考えると、先のエンドロールがいかに異例の措置か、分かるというもの。

ピタリと止んだパクリ報道

――とはいえ、ひとまず先の原案表記で落ち着いたように見えた話も、実は和田サン自身は納得しておらず、「やはり原案ではなく、原作表記で」と引き続き要求し、これに対して『カメ止め』のプロデューサーは正式に断っている。そこで、冒頭の告発記事に至ったのだ。

それにしても、なぜ、そこまで原作表記にこだわるのか。
一説には、原作だと原案よりも実入りが多いとする話もあるが、それは契約次第で金額はいかようにでもなるし、和田サン自身は「お金が目的ではない」と答えている。彼の名誉のためにも、そこは否定したい。シンプルに、『カメ止め』にもっと深く関わりたかったと推察する。

それよりも不可解なのは――あの報道から一週間もしないうちに、この騒動がピタリと止んだことである。メディアの続報もない。
一体、2つの作品の間で何があったのか?

『GHOST IN THE BOX!』の元ネタ

これは僕の推測だけど――多分、和田サンに近い演劇関係者が、彼に何かしらの助言をしたのではないだろうか。

今回の件、そもそも演劇関係者や演劇好きの方々なら、初めから違和感を覚えていたと思う。それと言うのも、当の『ゴースト』自体――恐らく影響を受けたであろう作品が存在するからだ。
――英国の舞台劇『ノイゼズ・オフ』である。

それは、劇作家のマイケル・フレインの代表作の1つと言われる。1982年にロンドンのウエスト・エンドで封切られ、翌83年にはブロードウェイにも進出。大ヒットして、トニー賞の最優秀作品にもノミネートされた名作だ。
日本でも翻訳された舞台が、『ノイズ・オフ』や『うら騒ぎ/ノイゼズ・オフ』などと何度かタイトルを変え、博品館劇場(1992年)、ル・テアトル銀座(2002年)、新国立劇場(2005年)――と、数度上演されている。

『ゴースト』はこの『ノイゼズ・オフ』に、実に構造がよく似ているのだ。

『ノイゼズ・オフ』の構造

『ノイゼズ・オフ』は3幕劇である。
1幕目は、劇中劇である『ナッシング・オフ』の開幕間際のリハーサルが描かれ、演出家が客席の通路に立って指示を出している(実際に演出家役の俳優は客席の側にいる)。
劇中劇は、貸し手が見つからない別荘内で起きる話だ。週末、メイドがテレビを見ようと訪れたり、不動産屋が愛人を連れてきたり、オーナー夫婦が遊びに来たり、泥棒が入ったりと、皆が鉢合わせてドタバタのコメディが展開される。

2幕目は、この舞台を180度反転して、数週間後の公演の舞台裏が描かれる。実は役者たちの間には愛人や二股といった複雑な人間関係や病的な“癖”があり、次々と起こるハプニングをとっさの機転で乗り越える様子が面白おかしく展開される。

そして3幕目は、再び舞台を正面から見る構図に戻る。千秋楽を迎え、役者たちの人間関係はさらに泥沼化し、舞台裏の混乱が舞台上にも影響を及ぼすようになる。ストーリーはどんどん変わるが、役者たちは何とか客の前で取り繕おうと、即興でストーリーを繋がらせるべく奮闘する――というもの。

――いかがだろう。『ゴースト』と構造がよく似ていないだろうか。
この『ノイゼズ・オフ』は、少しでも舞台をかじったことがある人なら誰でも知っている超有名作品だ。劇団を主宰するほどの和田サンが知らないはずはない。

演劇界の良心

あくまで、これは僕の推測だけど――演劇界の良心が働いたのではないだろうか。演劇関係者の誰かが、和田サンに『ノイゼズ・オフ』の話をして、「君も先人の作品にインスパイアされて、名作を生み出したじゃないか」って。

もちろん、仮にそうやって『ゴースト』が生まれたとしても、そのオリジナリティやクリエイティブが少しも揺らぐことはない。名作は時代を超えて、オマージュによって受け継がれるのだ。

もちろん、三谷幸喜サンも『ノイゼズ・オフ』は百も承知だろう。『ショウ・マスト・ゴー・オン 幕を降ろすな』が同舞台から多少なりとも影響を受けたのは、言うまでもない。

伝説の舞台劇『最後の伝令』

さらに三谷サンに関して言えば、戦前の伝説の劇作家・菊谷栄からも強く影響を受けている。三谷サンのクリエイティブの源は、旧作への豊富な知識がベースにある。『ショウ・マスト~』が菊谷サンの舞台劇『最後の伝令』にインスパイアされて生まれたのは、知る人ぞ知る話である。

『最後の伝令』は、日本の喜劇王と呼ばれ、「エノケン」の愛称で親しまれた榎本健一の代表作である。菊谷サンは彼の座付き作家だったのだ。
これも、劇中劇を描いた話である。舞台はアメリカの南北戦争。北軍兵士のトムと恋人・メリイの別れを描く悲恋の物語が展開されるはずが――役者は台詞を忘れるわ、舞台監督は段取りを失敗するわで、舞台裏は大混乱。それでも何とか物語を成立させようと、皆が即興で対応する様子が面白おかしく描かれる。

ほら――『ショウ・マスト~』とよく似ているでしょ。

オマージュが先人に光を当てる

話は変わるが、アップル製品のiMacやiPod、iPhoneなどの革新的デザインを生み出したデザイナーに、ジョナサン・アイブなる人物がいる。彼が、ドイツのインダストリアル・デザインの父、ディーター・ラムスに影響を受けたのは有名な話である。
あの数々の美しいデザインは、ラムスが半世紀以上も前にブラウン社で手掛けた商品デザインへのオマージュから生まれたものなのだ。

いや、何もここでアイブを“パクリ”と糾弾したいワケじゃない。デザイン業界もエンタメ業界同様、優れた先人の作品にインスパイアされ、新作を生み出すことをオリジナルと評価するので問題ない。
それよりも大事なことは、アイブのデザインが評価されることで、オマージュ元であるラムスのデザインにも光が当たり、かつての偉業が再評価されることである。

オマージュの連鎖の真意

そう、先人に光を当てる――これこそが、オマージュの連鎖を語る上での真の心得なのだ。
もう、お分かりだろう。映画『カメラを止めるな!』が大ヒットしたことで、そのオマージュ元である和田亮一サンの『GHOST IN THE BOX!』や三谷幸喜サンの『ショウ・マスト・ゴー・オン 幕を降ろすな』にも光が当たり、再評価される――これこそが大事なのだ。

もっと言えば、さらにさかのぼって、マイケル・フレインの『ノイゼズ・オフ』や菊谷栄の『最後の伝令』も掘り起こされ、先人たちの偉業を皆が知ることになる。そして、それらに影響を受けた若いクリエイターたちが新作を生み出す――それがオマージュの美しき連鎖である。

僕は、『カメ止め』にインスパイアされた次なる作品の登場を、今からワクワクしながら待っている。

(文:指南役 イラスト:高田真弓)

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