台湾の俊英監督が描く“喪失からの100日間”
愛する人を失ったときに、人はどう時を重ねていくのか……。妊娠中の妻を失った男性と、婚約者を失った女性の、愛する人を失ってからの100日間を描く台湾映画『百日告別』が日本でも2月25日(土)より公開される。監督を務めるのは、『九月に降る風』『星空』などで知られる台湾の若き俊英・林書宇(トム・リン)。実は、監督自身が、奥さんを亡くされた経験から、脚本を執筆。映画化にこぎつけた。2015年の第28回東京国際映画祭にも出品された本作は(映画祭時のタイトルは『百日草』)監督自身が「台湾以外で公開されるとしたら最も共感してもらえるのは日本」と語るほど、日本と親和性が高く、ロケ地はもちろん、劇中の重要なアイテムの中にも日本が顔を出す。
脳科学者の茂木健一郎さん、行定勲監督、俳優の永瀬正敏さんらも推薦コメントを寄せる本作に“永遠のオトナ童貞のための文化系マガジン・チェリー”も注目。林書宇(トム・リン)監督の来日にあわせて、独占インタビューをおこなった。日本の映画やアニメに受けた影響から、本作の脚本に活きた実体験、ありきたりなラブストーリーにしなかった理由などを伺った。
日本と台湾は“生の感覚”が近い
――監督も「台湾以外で最もこの映画が共感してもらえるのは日本」とコメントされていましたが、日本と台湾で、生と死への感覚が近いのかなと感じました。
「死への感覚もそうですが、生命感といいますか、命の大切さに対しての考え方が近いように思います。人の情感というのは、社会の中で、人間と人間との間で形成されていくわけですよね。その情感が日本の人と台湾の人は近いように感じました」
――初七日、四十九日という儀式も、共通していますよね。タイトルにもなっている、百日告別の話は存じ上げませんでしたが……。
「台湾でも若い人は知りませんね。年配の人がいて、仏教や道教を信奉する台湾家庭ではああいう儀式をやりますよ」
“美しい誘惑”の物語にしなかった理由
――その百日に向けて、それぞれ最愛の人を失った男女が、グッと距離を近めていくラブストーリー……なのかとポスターからは想像したのですが、その予想をいい意味で裏切るストーリーでしたね。
「ええ、この主人公2人がだんだん惹かれていって……という“美しい誘惑”のストーリーにすることも、もちろんできました。ただ、もしその方向にしてしまうと、この映画は主人公2人だけの映画になってしまうんですよね。2人にはそれぞれ、失われた相手がいる。その喪失の部分を重点的に描きたかったので、安易な2人のラブストーリーにはしなかったんです」
影響を受けたのは豊田利晃とあだち充
――そんな2人の様子を丁寧に描いていく中で、古谷実先生のマンガや沖縄旅行が出てきたりと、日本が多く顔を出します。監督の中で、日本への思い入れがあるのでしょうか?
「まず、日本の映画が、僕ら台湾の映画監督にとって、前を歩いているという感覚が強いんです。物語を語る方法も、昔から世の中をリードしてきていると思います。最近でも、日本の監督の多くが作家性が強く、独自のスタイルを形成するために色んなことをやろうとしている姿に刺激を受けます」
――ちなみに、特に好きな日本の監督っていらっしゃったりしますか?
「豊田利晃監督ですね。『ポルノスター』『青い春』『ナイン・ソウルズ』『空中庭園』と、初期の作品は全部好きです」
日本のマンガとアニメで育った
――そして、日本の映画以外の文化にも影響を受けられているのでしょうか?
「僕は小さいときから、日本のマンガやアニメを見て成長してきました。小さいときは、それが日本のものだと知らずに触れてきたんですけどね。日本のアニメは全部、中国語に吹き替えられていますから(笑)。それで、大人になってから、自分の触れてきた作品は日本のものだったんだ、と知りました。だから、僕の作るものは無意識に日本の影響を受けていると思います。特に、あだち充先生あたりの影響は強いはずです」
――『タッチ』『ラフ』のあだち充先生ですか! 特にどういったところでしょう?
「彼のマンガは、言葉ではなく、絵を使って語るんです。キャラクターの発する言葉の内容と、絵を通して読者が感じる内容が必ずしも一致しない。絵に感情の余白があるんです。僕が映画を作るときにも、どうやって絵を使って語るか、という部分で大きく影響を受けています」
失った人を思い出すには時間がかかる
――確かに、今回の作品もセリフは決して多くはなく、映像で丁寧に時間が重なっていくのを描かれていました。
「実はこれは、僕が妻を亡くした実体験から感じたものなのですが……。誰かを失って、その人との美しい思い出を思い出すには、ものすごく時間がかかるんです。死んでからすぐ思い出せるものではない。だから、今回の主人公の男女2人も、本当の意味で、それぞれの相手との楽しく美しい時間を思い出すためには、一定の時間の経過が必要なんです。ある程度、それぞれの人生をまた歩みはじめて、儀式も経て、思い出していく。そういう経過を描くために、ああいった脚本の流れになったんです」
――そうして、時の経過とともに、出会う人に主人公たちが癒やされていく様子も、印象的でした。
「ここも僕にとって重要なポイントなんですが、主人公の男女2人の心を癒やしてくれるのは、見知らぬ人の言動なんですよね。男性の主人公・育偉(ユーウェイ)にとっての奥さんのピアノの生徒、女性の主人公・心敏(シンミン)にとっての婚約者の中学校の先生……。見知らぬ人からの一言や、何かの行動で、ものすごく癒されることがあるんですよね」
監督の実体験から生まれたシーン
――見知らぬ人に癒される、というと沖縄でのおばあさんとのシーンが象徴的ですね。
「ええ、実はあのシーンは僕の実体験に基いています。妻を亡くしたあとに、ひとりで北海道に旅行に行ったんですよ。そのとき、富良野のなだらかな丘を登っている途中で、あるおばあさんに出逢ったんです。軽く挨拶をして終わりかな、と思ったら、そのおばあさんが日本語で僕に色んなことを語り始めて。日本語なので、もちろん僕には聞いていても何を言っているのか、さっぱりわからない。僕は日本語がわからないことを伝えようとしたんですけど、おばあさんは意に介せず喋り続けるんです(笑)。でも、聞いているうちに、なんとなく、こういうことを言っているんじゃないか、とわかるような気がしてきたんです。その感覚が非常に不思議で、あの沖縄のシーンにあらわしてみようとしたんですよね。ちなみに、あのおばあさんを演じられたのは、沖縄でかなり有名な、お年を召した女優さんなんですが、お年寄りを何度も階段を登らせるわけにはいかないので、何度も撮れないぞ、という緊張感がありました(笑)」
沖縄をロケ地にした理由
――とても素敵なシーンでした。ちなみに舞台を沖縄にしたのはなぜなんでしょうか?
「台湾の若い人のハネムーンの候補土地として、アジアのリゾート地は人気で、沖縄はバリ島やタイのチェンマイと並んでよく挙がるんです。それに沖縄は、日本文化の伝統や美徳もまだきっちりと残っているし、優しくてあたたかい人たちが多い。そんな環境に女性の主人公・心敏(シンミン)がやって来ると、彼女のおかれている心境と、沖縄の様子が対照的に浮かび上がる気がしたんですよね」
『これでよかった』と思える作品に
――ありがとうございます。監督自身の大きな喪失が『百日告別』という作品に昇華されるまでの過程が垣間見えました。
「もちろん、僕自身の実体験だけではなく、役者自身から提案されたシーンもありますよ。後半に出てくる、ピアノに関するあるシーンは男性の主人公・育偉(ユーウェイ)を演じた石錦航(シー・チンハン)さんの提案です。これまでの作品は、後から『もうちょっとこうすればよかった』と思ってしまったこともあったのですが、今回は自分でも『これでいい』と思える満足度の高いものができました」
監督自身が経験した、喪失からの時間。監督渾身の脚本を彩るキャストたちや、日本の文化の力も借りて、映画の中で、丁寧に紡がれている。『百日告別』は2月25日(土)よりユーロスペースで公開。
(文:霜田明寛)
『百日告別』 2017年2月25日(土)より、ユーロスペース他にて公開
出演:カリーナ・ラム(林嘉欣)シー・チンハン(石錦航)チャン・シューハオ(張書豪)
リー・チエンナ(李千娜)ツァイ・ガンユエン(蔡亘晏)
特別出演:アリス・クー(柯佳嬿)マー・ジーシアン(馬志翔)
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配給:パンドラ