『イン・ザ・ヒーロー』『百円の恋』武正晴監督最新作
『パッチギ!』をはじめとした井筒和幸監督作品の助監督などを務め、2007年に長編監督デビューした武正晴監督。その後、2014年には唐沢寿明が特撮ヒーローのスーツアクターを演じた『イン・ザ・ヒーロー』や安藤サクラ演じるフリーターの女性がボクシングに挑戦する姿を描いた『百円の恋』と立て続けに話題作を世に送り出す。第39回日本アカデミー賞優秀監督賞も受賞し、満を持しての3年ぶりの監督作品となるのが、『リングサイド・ストーリー』だ。
最新作では『フラガール』『パッチギ!』などのプロデューサーを務め、早くから武監督の才能を買っていた李鳳宇(り・ぼんう)氏と久々のタッグ。
そして、『リングサイド・ストーリー』は李さんの得意とする、『蒲田行進曲』のような“バックステージもの”だ。今回のバックステージの舞台となるのはプロレスとK-1。実際の選手なども登場し、リアリティのある“リングサイド”の話でありながら、佐藤江梨子と瑛太の、同棲10年カップルのラブ“ストーリー”でもある。もちろん主演2人の演技力の高さと武正晴監督の手腕も存分に発揮された傑作となっている。
そこで“永遠のオトナ童貞のための文化系マガジン・チェリー”では武正晴監督にインタビュー。『リングサイド・ストーリー』を起点に武監督の映画づくりにおける信念や、監督自身の人生の話などを伺った。
みんなどこかが欠けていて、補おうとして生きている
――2014年に『イン・ザ・ヒーロー』『百円の恋』と立て続けに監督作が公開され、3年ぶりの新作となります。さらに次回作も待機中と、連続して武正晴監督作品が見られて嬉しいです。
武「ありがとうございます。最初は喫茶店でプロデューサーの方たちと『それ面白いね!』なんて喋っていたことが、映画という形で皆さんに共有できるっていうことは、とても不思議で幸せなことですよね」
――『イン・ザ・ヒーロー』では奥さんに距離を置かれてしまったスーツアクター、『百円の恋』ではフリーターの女性、そして今回はブレイクできずにいるのに自信満々な役者と、武監督の作品は“不完全な人間”を主人公に据えることが多いですよね。
武「まあ、自分自身も不完全ですからね(笑)。でも、完全な人なんていないというか、多くの人が“不完全な人間”ですよね。だいたいみんなどこか欠けている部分をもっていて、そこを補おうとして生きている。人生、簡単にうまくいくことなんてほとんどない中、人が欠けているものを補おうとして生きている姿を映画にしたいなと思っています。そういうスタートがマイナスな人のほうが話としても面白いですしね」
――今回の瑛太さん演じるヒデオは、だいぶマイナスというか、一歩間違えるとウザいやつになっちゃうじゃないですか。
武「そう、ウザい奴なんです(笑)。でも映画っていうのは、そういうキャラクターを救ってあげることができるんです。それが映画のいいところですよね。瑛太さんが演じてくれることで、ヒデオというどうにもならない主人公を救ってくれる。僕が主人公に据えるような“不完全な人間”に、ちゃんと共感を持ってもらうようにできるのが俳優さんたちの仕事なんです」
キャスティングとは演出である
――その意味で今回の瑛太さんのお仕事はスゴいですね。
武「僕らの仕事は、俳優が盛り上がるようなシナリオを用意することなんです。俳優って常に燃えているような存在なので、そこにどんな燃料を与えればもっと燃え上がるかを考える。そういう意味で“キャスティングする”という行為は、演出なんですよね。もしかしたら、その大きな演出が終わった時点で、僕の作業はほとんど終わってるのかもしれません(笑)」
――今回主役のヒデオとカナコというカップルに瑛太さんと佐藤江梨子さんというのは素晴らしい“演出”でした!
武「今回も2人がハマると気づくまで相当考えましたけどね。特にカナコは、シナリオを読みながら誰かいないか思い浮かべて『あれ、会ってるぞ…』と(笑)」
――武監督と柄本明さん、角替和枝さんたちとの忘年会に、佐藤江梨子さんが偶然いらっしゃったと伺いました(笑)。
武「ええ、今思えばあれが偶然だったのか、必然だったのか。そのあと、カナコの実家にする予定の美容室をロケハンしていたら、隣に豆腐屋があって、豆腐屋のおばさんを出そうと思いついたんです。そこで『日本一、豆腐屋のおばさんが似合う女性がいたぞ…!』と角替和枝さんの顔を浮かべるという(笑)」
どんな特殊な世界の中でも変わらない“男と女”
――それにしても、佐藤江梨子さんと瑛太さんのカップル、素晴らしかったです。
武「特に2人が部屋にいるシーンが僕も好きで、2人の素晴らしさを活かしながら、家全体を使ったお芝居になるように意識はしましたね。『リングサイド・ストーリー』って書いてあると、男の話に見えてしまうかもしれないけど、そう思ってきた人も、ちょっと裏切られて、このカップルにハマってくれるといいなと思います」
――たしかにポスターやタイトルだけ見ると男の格闘技メインの話だと思う人もいるかもしれませんね。
武「カップルの話というのは普遍性があるんですよね。少し話が逸れますが、僕は監督なので、色々な人が持ってくる奇想天外な話を“どう世の中の人にちゃんと伝わるようにするか”を考える立場なんです。最初『特撮ヒーローの中の人の話をやろう』『女子ボクシングの話をやろう』って言われると、普通は、どうなるのか不安ですよね(笑)。でも『そんなものやりたいの!?』って驚くようなもののほうが僕は面白いと思うし、モチベーションも上がるんです。
――難しそうではありますけどね。
武「たしかに、特殊な世界をただ描くだけでは、多くの人の共感を得られないですよね。でも、どんな特殊な世界の中でも変わらないものがある。それが“男と女”なんです。特撮ヒーローだろうが女子ボクシングだろうがK-1やプロレスだろうが変わらない男女の話を、特殊な世界の中に放り込んでみるんですよね。とはいえ『百円の恋』は、カップルと言えるのかよくわからない部分もあるじゃないですか(笑)。だから、今回はちゃんとカップルに向き合いました」
“表舞台に立つ人の裏側”はコメディとして成立する
――その上でカップルの部分以外の、各業界のディテールも描きこまれています。
武「表舞台に立つ人の裏側って、実は華やかではないんですよね。そこの落差というのはコメディとして成立するんです。それは『イン・ザ・ヒーロー』でもプロデュース・脚本に加わっていただいている李鳳宇さんに『バックステージというのは映画の題材として面白い』と教わった部分でもあります」
――ちなみに役との距離感はどのような感じなんでしょうか。佐藤江梨子さんから「私が泣くシーンの撮影に入る前に既に監督が泣いていた」と伺いましたが……。
武「あはは(笑)。映画を見た知人に『俳優がだんだんお前に見えてきたよ』『主役、お前じゃない?』なんて言われることはありますね。役者さんが役に近づいていくという話は聞きますが、監督が役に近づいていくのはレアなケースですよね(笑)。もちろん、役の気持ちがわかるっていうのは必要なことだから悪いことではないと思うんですが」
“選ばれた者にしか見えない、特別な景色”
――劇中では瑛太さん演じるヒデオの「選ばれたものにしか見えない、特別な景色がある」というセリフが形を変えて何回か登場します。あれも監督の中から出てきたものなんでしょうか?
武「あれはね、K-1のポスターに書いてあったんですよ(笑)。『特別な景色は見えるか?』って。ちょうとシナリオを作りながら、主人公がいつも自分に言い聞かせているようないい言葉はないかな、って考えている時に目に入って、これを使おうと。あのセリフがラストに至るまで何度か登場することで、この映画に軸ができたといいますか。どう聞こえ方を変えていくか、そして最終的に彼はどんな景色を見たのか、見てくれた人にその景色をどう感じさせるのか……僕自身も考えていくことになりました」
――では最後に、武監督のこれまでの人生を振り返っての“選ばれたものにしか見えない、特別な景色”があれば教えていただけないでしょうか。
武「柔道の試合で一本負けしたとき……の天井ですね。清々しいほどの一本負けをして、『こんなに見事に投げられたの久しくないなあ』なんて感じながら、ずっと天井を眺めていました」
――なんだか今回の映画にも通じてくる体験ですね。
武「ええ、ですがヒデオは、僕のこの話よりも、ひとつ先のもっと違う風景を見ているんじゃないかという気がしています。それは映画を見た人が、どんな風景なのか考えてくれたら嬉しいです」
――ちなみに武監督にこの質問をした瞬間は、何か成功したあとの景色の話が返ってくるのではないかと思ったので、負けたときの景色の話が返ってきて、すこしビックリしました。
武「おそらく『特別な景色を見よう』って思い続けることが一番大事で、『見た』という気になってしまうと次はないんだと思うんですよね。『次に見られる景色はどんななんだろう』って思いながら、生き続けていければいいなと思います」
『リングサイド・ストーリー』は10月14日(土)より全国公開中。
(取材・文:霜田明寛 写真:浅野まき)
■関連情報
『リングサイド・ストーリー』10月14日(土)より新宿武蔵野館、渋谷シネパレスほか全国公開中
佐藤江梨子 瑛太
有薗芳記 田中要次 伊藤俊輔 奈緒 村上和成 / 高橋和也 峯村リエ
武藤敬司 武尊 黒潮“イケメン”二郎
菅原大吉 小宮孝泰 前野朋哉 / 角替和枝 近藤芳正 余 貴美子
監督|武 正晴
配給:彩プロ
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