「童貞女子」は個性派時代のブッダ?恋愛カースト度外視のニュータイプ女子

つい最近、Twitterで話題になっていた「童貞女子」という言葉。
「これ、わたしのこと!?」と指を指された気持ちになった女子も多いのでは。

―童貞女子とは―
自分の好きなことにのめりこみ
人生を心底たのしんでいる元気いっぱいな女子のこと。
「モテ」の土俵に上がってすらいないが、本人は常にマイペース。
(出典:『そういや私、女子だった! すこやかでハッピーな童貞女子の日常』ひぐちさとこ著)

前半部分はいいとして……気にかかったのは後半部分。
人生を心底たのしんでしまっている女は、
「モテ」の土俵にすら上がれないの!?

この世には恋愛カーストが存在する

「モテの土俵」とは言うけれど、
よくよく考えてみると、その土俵の上にはさらに
「恋愛カースト」とも言える階級が存在していると思うのです。

恋愛カースト

そして童貞女子はどこに位置するかと言えば、
カーストの底辺ではなく、

カースト外

もはやカースト外。

なぜならば、彼女たちの中には、
恋愛やモテという概念がほぼ存在しないから。
(あっても自分の中の優先度は超低い)

「童貞女子」が生まれた背景

ではなぜこのような「童貞女子」が生まれたのか?
ちょっと真面目に考えてみました。

仮説:“個性を伸ばす”オンリーワン教育により、恋愛以外の生き方を貫く層が出現した

要はゆとり教育と言われるやつです。
その結果、
自分らしい個性を伸ばせ
 ↓
恋愛とかモテとか考えると趣味の時間が減る
 ↓
ブレずに自分の価値観を貫くっていいよね
 ↓
じゃあ別に恋愛は考えなくてもいっか!

という、恋愛の優先順位の低下という流れが生まれたのではないでしょうか。
「童貞女子」とはまさに個性重視の時代が生んだ、前向きに個性を伸ばしすぎた女子!

「童貞女子」は涅槃の境地

「童貞女子」で言う「童貞」とは、好きなことしか見えていない、少年のようなピュアさといったニュアンスで使われています。
が、本来の男子の「童貞」の心の中というのは、常に熱いパトスがせめぎ合っているものですよね……きっと。
(※わたしは女なので想像ですが)

でも「童貞女子」は違います。ある意味、精神的に安定しているのです。
何者にも惑わされずに、迷いなく、我が道を行く――。
恋愛という煩悩から解き放たれ、涅槃の境地へと辿り着いた、
言うなれば、この時代のブッダのような存在なのでは!?

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「童貞女子」は最後までその「童貞」を貫けるのか

いろいろと考察してみましたが、
結論として、わたしは
「童貞女子」を全面肯定いたします!
何を隠そう、わたしはゆとり教育第一世代の87年生まれであり、
「個性を大事に!!」の精神で生きてきましたので、
「自分をしっかり持ち、男に依存せず、明るくハッピーに生きている女性」なんて、
まさに理想の女性像です!
モテることばかり気にして卑屈になるより、いつも笑顔な女性の方が魅力を感じます。

ただし、童貞女子であっても、いつ恋愛カーストに巻き込まれるとも限りません。
恋はいつだって突然。

zulkuuun

そして、恋をすれば女は変わってしまうものですから……。

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それはまさに、男子が童貞を捨てると変わってしまうのと同じように。(※わたしは女なので聞いた話ですが)

それとも、根っからの「童貞女子」であれば、
恋をしたとしても、最後までその童貞マインドを貫けるものなのでしょうか?
個性重視時代のニュータイプ「童貞女子」は、
従来の恋愛カーストとは別次元で自分らしい幸せを掴める、そんな可能性を秘めているのかもしれません。

(文:佐藤由紀奈)

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