「大学入学のために上京する」
経験者にとって、長い人生の中でも指折りの大きなできごとではないだろうか。
この街で結婚する相手が見つかるかもしれない、この街で一生の仕事が見つかるかもしれない……etc.
大学入学前の春ほど、期待と不安で胸がいっぱいになる季節も多くはないだろう。
しかし「上京」というイベントは、当人だけでなく、愛娘をもつ父親にとっても人生の一大事だ。
ささいな出来事を丁寧にすくう、ストーリー
2月のある日。この春から東京の大学生になる璃子は、父と共に広島から上京し、ひとり暮らしをする部屋を探して物件を見てまわる。
行く先々で出会う、個性的な東京・祖師ヶ谷大蔵の人々。
そんな中で父の胸に甦る、亡き妻との思い出、男手ひとつで育ててきた娘とのこれまで。
吉野竜平監督最新作『スプリング、ハズ、カム』は楽しい小旅行のような時間の端々に“別れ”の気配が漂う、1日の物語だ。
父役には映画初主演の人気落語家・柳家喬太郎。繊細な娘役には注目の若手女優・石井杏奈。ほかに人気声優の朴璐美をはじめ、角田晃広(東京03)、柳川慶子、石橋けい、ラサール石井、山村紅葉といったジャンル不問、異色の顔合わせが脇を固める。
父の娘に対する思いやり
娘の父への優しさに涙
「女にお金を払わせたら広島の男がすたるけんね」そういいながら親戚の女性にも、初めてあったおばあさんにもおごってあげる、意地っ張りな父。
離れて暮らすことになる父に対して、わがままの一つも言わない璃子。カフェオレが飲みたいという父に「糖分高いんだから、お茶にするけんね」と気をかける。
二人の物件探し兼東京小旅行の中で生まれるやり取り一つ一つが、観客の心をやさしくなで、時にきつく抱きしめてくる。
石井杏奈のE-girlsなのに“どこにでも居る感”
自分を持っているけれど、どこか不安げな彼女の声は、母性ならぬ父性をくすぐられる。
彼女とそう年齢がそう変わらない筆者も「変な男がこの娘にちょっかいかけたら許さん!」とこぶしを握りながら観てしまうほどに。
また、彼女の少しダサい黄色い靴下に白いスニーカー、ファンシーな柄の大きいリュックを担いで歩く姿、まだ恥じらいない、方言混じりの言葉たち。それらは大学入学前に田舎から上京してきた女の子そのものだ。
本作に限ったことではないが、彼女が映画の中でみせるE-girlsだと思えないほど、“どこにでもいそうな少女”のたたずまいには驚く。
クラウドファンディングが生んだ
誰しもの思い出再生装置となる映画
大事にしたい、しかしなんてことのない思い出を焼き付けた本作。
実はクラウドファンディングで資金を集められて、製作された。
胸にしまっていた大切な思い出を、思い返すきっかけをくれる映画が、多くの一般の方からの資金を元に作られたと思うとそれだけでほっこりと胸が暖かくなる。
『スプリング、ハズ、カム』は東京国際映画祭「日本映画スプラッシュ」部門にて10月26日、29日に上映。
(文:小峰克彦)
【関連リンク】
■チェリーボーイズが行く東京国際映画祭
http://social-trend.jp/cherryboys/
■『スプリング、ハズ、カム』東京国際映画祭作品ページ
(c)「スプリング、ハズ、カム」製作委員会
102分 日本語 カラー | 2015年 日本 |
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