ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
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映画『恋人たち』主演に大抜擢/俳優・篠原篤独占インタビュー【撮影編】

リリー・フランキーを主役に抜擢した『ぐるりのこと。』から7年。橋口亮輔監督が新作の主役に抜擢したのは32歳・これまで特に目立ったキャリアのない、事務所にも所属していないひとりの俳優だった……。

主人公の篠塚アツシは、無差別通り魔殺人事件によって妻を失った男、という設定だ。この難役を見事に演じきったのは篠原篤。

名前からも察しがつくように、脚本はこの篠原篤が演じることを前提として書かれたものだ。設定こそフィクションであるものの、本当に実在し、彼が悲しみを背負ったかのような存在感だ。
今回、インタビューはあまり受けたことがないという篠原に話を聞いた。
この前編【撮影編】では、主役に選ばれるまでの話と撮影中のエピソードを紹介する。

“悲しみと苦しみのひとり語り”が課せられたワークショップ

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2013年に公開された橋口監督の中編『ゼンタイ』に出演した篠原篤。その後、改めて橋口監督のワークショップに参加する。

「『ゼンタイ』が終わった後、どうすればいいかわからなかったんですよね。20代を大きなチャンスのないまま終えて、30代を迎えようとする過渡期のときだったんです。『主演をやりたい』みたいな大それたことを考えられる状況ではなかったですね。橋口組の大河の一滴になれれば、という思いでした」

ワークショップの予定された日程が終わった後に、一部の参加者に別日程が設けられたという。監督からは『悲しみや苦しみをひとり語りで表現して欲しい』という課題が与えられた。

「それまでに、橋口さんも、ご自身のこれまでの経験を話してくださっていたんですね。もちろん、橋口さんほど大それたものではないですけど、僕なりに今までの人生を振り返ったんです。こんなことが悲しかったなあ、こんなことが悔しかったなあ……でも、その中で見つけた、ささやかな幸せもあったなあ、誰かに手を差し伸べてもらって救われた気持ちもあったなあ……と色々と思い出しました」

当日、篠原は“その部屋にいたはずの女性がもう今はいない”という独白を始める。

「いたはずの女性がいなくなって、その人が部屋にいたときのことを思い出して。『ただいま』とか『おかえり』とか言えてたことはすごい幸せだったなあ、と思って語り出しました」

それは『恋人たち』の冒頭、誰もいない部屋で、亡き妻との思い出をひとりで語るアツシの姿と重なる。

「終わった後に、監督が喫煙所で背中をさすりながら『シノ、よかったよ』って言ってくださったんです。あんまりそういうことを言ってくれる方ではないんですけどね(笑)。その後、時間をかけて、脚本をアテ書きしてくださったみたいです」

途中、篠原は「ごめんなさい、質問してもらって色々と思い出しちゃって……」と言葉をつまらせた。

篠原としてなのか、アツシとしてなのか判断のつかない表情。劇中のアツシの“大事な誰かを失った人”としての存在感は、悲しみを負わずに生きてきた人が、パッとゼロから作り出せるものではない。

(C)松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ

(C)松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ

「これまでは、エキストラに毛が生えたような仕事だったりして、“自分がどう思っていて、何を演じたいか”ということは尊重されにくい仕事が多かったんです。でも橋口さんは『もちろん、俳優としての技術を身につけていくことも大事かもしれない。でも、今、君が持っているものでも、人に伝えることはできるんだよ』とおっしゃってくださったんですよね」

先輩俳優・黒田大輔 劇中との不思議なシンクロ

劇中、様々な人の悪意が描写される中で、アツシが“誰かに手を差し伸べてもらって救われた”とするならば、職場の先輩である黒田大輔だ。こちらも、アテ書きの脚本を俳優・黒田大輔が演じている。

物語の後半、黒田がアツシの部屋を訪れるシーンがある。
「人殺していい法律とかできないっすかね」「オリンピックなんかどうでもいいっす」とアツシが社会への悪意をむき出しにし、溜まった感情をぶちまけるが、黒田はひたすら聞いている。
黒田は明確な解決策を提示するわけではないが、彼の存在が、あたたかな救いとして表出する場面である。

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「黒田さんとはこの映画の前から親交があって、すごく心配してくれました。撮影期間中に僕のスケジュールが、4日間空いたことがあったんです。それを総スケジュールという表で見たのか、僕に『飯食いに行かないか』って電話くれたんです。
でも、僕はすごく追い込まれていたので、1回お断りしたんです。そうしたら、もう1回『水炊きでも作るからよー、うちにおいで』って電話してきてくれたんです。水炊きなのは、僕が福岡出身だからだと思うんですけど(笑)。
行っても僕は『しんどいっす』みたいなことしか言えなかったんですけど、黒田さんは『大丈夫だよ、シノ』って話を聞いてくれました」

まさに、劇中のシーンのような2人の関係性だ。このシーン自体は、橋口監督とプロデューサーとの関係性をもとに書かれたものだというし、橋口監督自身は2人に親交があったことを知らない。脚本が現実を導くのか、現実が脚本を導くのか。
「黒田さんに映画のまんま救ってもらいました。だからもう、橋口さんのアテ書きの脚本は魔法ですよね」

撮影セットに泊まりこみ

全体で25日間に及ぶ撮影期間中、ずっと苦しかったという篠原だが、もっともキツかったのは、後半、ひとり自分の部屋で嗚咽するシーンだったという。
篠原は、実際に撮影に使う部屋に事前に泊まりこんで生活をし、アツシとして生きて感情をつくっていった。

「あそこは、アツシの山場でもありますが、僕自身の人生の山場でもありましたね(笑)。僕自身の洋服も、部屋の中に散りばめられているような状況です。襖を開ければ、位牌があるけれど、襖は開けられませんでした。ひとりで自分の人生を振り返ったりしていましたね」

もちろん、俳優が中で暮らしていることで、美術部や制作部などが準備する時間も変わってきたりと、周りに影響を及ぼすことになる。撮影部の◯◯さんが、録音部の◯◯さんが、制作部の◯◯さんが車止めに参加してくれて……とひとりひとり名前を出しながら「みんなに背中を押してもらった感じです」と感謝を述べる。

そして本番の日がやって来る。「もう無我夢中で、記憶も断片的で、パニクってるような状態」だったという撮影時。感情を整え直したり、途中で控室に戻ったりしながら、じっくりと5テイクを撮り、6テイク目でOKが出た瞬間、橋口監督が飛び込んで、抱きしめてくれたのだという。
僕がアツシという役を演じることを、監督のほうが僕以上に諦めていなかったのかもしれません」

珠玉のラストシーンの想い

ほぼ順撮りで進んでいったという撮影は、この山場を終えた後、ラストシーンの撮影に入る。妻夫木聡に「一生忘れることはないだろう」と言わしめた、日本映画史に残ると言っても過言ではない、珠玉のラストシーンだ。

アツシは自身の仕事現場である船に乗り込み、スクリーンには彼の目から見た町並みが映っていく。

「もうあの時はアツシは僕自身でした。監督から演技指導を頂くこともだいぶ少なくなってきていて、『少しでもいいから肯定するんだよ、生きてることを』とだけ言われました。実際にあの場所から周囲を見ると、洗濯物を干している人がいて、家族で歩いている人がいて、遊んでいる子どもたちがいて……“人の営み”ってあるんだなあ、と思って立っていました。苦しさは続きますし、消えることはないですけど、生きていくことを肯定するための、最後のセリフだったんだと思います」

(取材:小峰克彦・霜田明寛 文:霜田明寛 写真:浅野まき)

記事は後編・【家族編】に続きます!

■関連リンク
映画『恋人たち』公式サイト
テアトル新宿ほか全国公開中

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(C)松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ

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