ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
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東海テレビドキュメンタリー新たな意欲作『ヤクザと憲法』監督独占インタビュー

組事務所の本棚に並ぶかわいい動物本、親子のように紅白を見ながら酒を酌み交わす組員たち……。実録モノ映画に出てくるようなイメージとはかけ離れた、ヤクザの日常を描いたドキュメンタリー『ヤクザと憲法』が2016年1月2日(土)より劇場公開される。
制作したのは東海テレビ。監督を務めた土方宏史(ひじかた・こうじ ひじは土に「、」)さんは、自らこの企画を提案し、実現にこぎつけた。これまでも、裁判所の内部にカメラを入れた『裁判長のお弁当』など、いわゆる普通のメディア報道とは一線を画した位置から社会を描写してきた東海テレビのドキュメンタリーの系譜に連なりながらも新たな衝撃を与えてくれる作品だ。

テレビだと、気づかれなかった

――よくヤクザの中に入りに行ったな、というのと、彼らも撮らせたな、というのが多くの人の感想かなと思います。

「例えば、殺されたり、殴られたりといった危害を加えられることはないだろう、という直感があったんですよね」

(C)東海テレビ放送

(C)東海テレビ放送

――逆に、撮影中に『撮るなよ!』と恫喝してくるのは、ヤクザではなく警察だったりします。警察の側はよくテレビで放送されるかもしれないものに対して怒鳴ったなあ、と思ったのですが……。

「彼らは、おそらく私がメディアの人間だと気づかなかったんだと思います。組の事務所に入ってきた捜査員の人たちも、まさかメディアがヤクザの組事務所に入っているなんてことは思ってもみなかったんでしょうね。もちろん、嘘はついていません。『暴力団の構成員ではなく会社員で、組の許可をもらって撮影しています』と名乗るようにしていました。『テレビか?』なんて聞き方をされたことはないですね。これは想像ですが、組員と仲の良い一般会社員が記録している、くらいの認識だったんじゃないでしょうか。まあそれだけ、メディアが自主規制をしてきたことの表れだと思うんですけどね」

同じ人間であるということさえ、なんとなく伝わればいい

(C)東海テレビ放送

(C)東海テレビ放送

――警察との距離も近くないですが、ヤクザの方々とも近すぎないですよね。

「そのせいか、自分でも不思議なんですが、この作品を見てこう思って欲しい、というのはないんです。ヤクザの良さを知って欲しいっていう思いもないですし、逆に彼らが憎たらしくてそれを知らしめたいという感覚もないです。彼らも僕らと同じ人間ですよ、ということさえ、なんとなく伝われば、あとは見た人がどう思ってもいいんです。僕自身が、そもそも取材に入ったのも最初は『中はどうなってるんだろう』っていう興味からなので、興味本位で見てくれても、『うわー、なんかすげー世界見たわ』って感想でも、僕は嬉しいですね」

意外に少なかったバッシング

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――劇場公開版より短いものをテレビでも放映されていますが、その時の反応はどんなものでしたか?

「もっとバッシングを受けるかなと思って覚悟はしていたんですが、そうでもなかったです。普段、世の中が見られないものを代わりに見て、よく流してくれた!見られないものを見せてくれてありがとう、という系統のものが多かったですね。中には『ヤクザが置かれている状況を見て、この追い詰め方が良いのかどうか考えさせられました』という一歩踏み込んだ見方をしてくださる方もいましたね。『お前らヤクザなんか扱って、公共の電波かよ!』みたいなものもありましたが、意外にそれでも感情論ではなく冷静な人が多かったですね」

撮る側、撮られる側、見る側……みんなが幸せなものを作りたい

――確かにヤクザが被写体ではありますが、特にヤクザを持ち上げるものでもなかったですし、反論もヒートアップしなかったのかもしれませんね。

「全員が、ある意味で幸せになれるものってできるんじゃないかな、と僕は思っているんです。これは、東海テレビがドキュメンタリーを作る時の合言葉みたいなものでもあるんですが、撮る方も撮られる方も見る方も、みんなが幸せになるようなものを作ろうとしているんです。何年か経ってからかもしれませんが、最終的に見て良かった、取材を受けて良かった、取材をして良かったと、みんなが思って欲しい。見ることで苦しくなったりとか、作る方も生みの苦しみがあったりと、痛み分けの側面もあるかもしれませんが、それでも、最終的にはみんなが幸せという、簡単には満たせないようなものを満たせるものこそ、東海テレビでやるドキュメンタリーとしてふさわしい、という思いはありますね」

劇場版で追加された、若いヤクザは“現代のドロップアウト”

(C)東海テレビ放送

(C)東海テレビ放送

劇中で、印象的な組員がいる。組の中で最も若い、20歳そこそこの彼は、強烈な縦社会の中で怒鳴られたりしながらも、決して組を辞めない。もちろん先輩ヤクザには彼の面倒を見る者もいて、共に酒を酌み交わし、親のような立場で悩みの相談にのったりする場面は、家庭的ですらある。TV版から劇場公開版にするにあたり付け足した約20分は主に彼の部分だという。なぜ、彼に着目したのか。彼の存在について話を聞いた。

「彼は、裏の主役と言ってはなんですが、僕の中では目の離すことのできない存在でした。彼は、現代のドロップアウトですよね。別に不良だったワケでもないし、家庭環境もおそらくそんなに複雑ではない。何年間か引きこもりの生活を送っていて、これは作品中にははっきりとは出していないですが、おそらくイジメを受けていた。居場所がなかったことはわかりますが、とはいえ、普通ヤクザの事務所に来るかな、という感じですよね(笑)」

――そうですよね。彼のパート以外でも、本作を見てヤクザの生活がラクではないことはわかりました。

「一般企業だったら確実にブラック企業大賞ですよね(笑)。強烈な縦社会で、毎日叱られて、場合によっては暴力もあって、金もない。それでも、彼は何かを求めて来ている。それだけ、今の若者が置かれている環境っていうのが、生きづらいのかもしれないな、とは感じましたよね。もちろん若者全員がそうではなく、華やかな生活、充実した生活をしている人たちもいるんだろうけど、一方で、彼のようにドロップアウトして、疎外感を感じている人たちもいるんだろうなと思いました」

嫌なものと触れ合わなくてもいい時代に失ったもの

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――作中でも、彼に、なぜいるのかを聞かれていましたよね。

「撮影期間中、何度も聞いていましたね(笑)。彼には自分とヤクザの状況を重ねあわせて、シンパシーを感じている部分がありました。自分が、学校や友達から除け者にされている状況と、ヤクザが世の中から追い出されそうになっている状況を重ねていました。彼も、ヤクザ自体も、今いる場所を追い出されたら、行く場所がないんですよね」

――劇中でもボソッと『異質なものは排除される……』って言っていましたね。

「そうですね。あとは、『今の方がいいです。人とぶつかり合いながら生きていくほうがいい』とも言っていました。これは、我々も考えないといけない何かのメッセージだな、と感じました。彼は、引きこもりで、嫌なものと接しなくていい状況で生きてきたワケですよね。

そういう中で生きてきた何年間かよりも、叱られたりしている今の方がいいと言う。
我々が生きる今の時代は、段々と、嫌なものと触れ合わなくてもいい時代になってきていますよね。自分と意見が合わない人は、排除して接しなければいい。昔のように、近所の口うるさいおばさん、みたいな存在もいなくなってきています。それはそれでラクに生きてはいけますが、その分失ったものもあるかもしれません」

土方さん自身も『目が離せなくなった』と語っているように、作品はヤクザという組織自体には適度な距離感を保っている。だが、この若いヤクザ個人には寄り添っているように見えた。しかし、ここでひとつの疑問が湧く。テレビ局員というドロップアウトとは程遠い、世間のメインストリームを行くような存在である土方さんが、なぜこのような、ドロップアウトした人に寄り添った目線のドキュメンタリーを作ることができたのか。後編ではその話から、現代のテレビの抱える問題にまで話が広がった。
インタビュー後編はこちら!

(取材・文:霜田明寛 写真:浅野まき)

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■関連リンク
映画『やくざと憲法』公式サイト
2016年1月2日(土)よりポレポレ東中野にてロードショー、ほか全国順次

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