ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
チェリーについて

東海テレビ“ファンタジーな現実”の映し方

――むかし、ある建築家が言った。ながく生きるほど、人生はより美しくなる――
90歳の建築家・津端修一さんと、その妻・英子さん87歳。ニュータウンの一画に土地を買い、家を立て、庭に小さな雑木林をつくり、自ら果物や野菜を作りながら暮らす夫婦だ。その2人を撮った映画『人生フルーツ』が、2017年1月2日より公開される。

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作家・重松清が“ときをためるドキュメンタリー”と評した本作。東海テレビの劇場ドキュメンタリー、第10作となるが、これまで評判の高かった東海テレビドキュメンタリーとは、また趣のことなったものとなっている。
“永遠のオトナ童貞のための文化系マガジン”を標榜しながら、良質のドキュメンタリー作品を追い続けているチェリーでは、監督を務めた伏原健之(ふしはらけんし)さんに独占インタビュー。「苦情ばっかり」というテレビ局の中で、なぜこんなにも反響が大きく、そして素晴らしい映画を創ることができたのか。その過程と、伏原監督の目指すものなどを聞いた。

苦情ばかりのテレビ局、その中で……

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――今回、テレビで放映されたドキュメンタリー番組を映画版に再編集したものですよね。まずはテレビ版放映時の反響をお聞かせください。

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「2016年3月20日の日曜日の夕方に放映したんですが、視聴率が2.9%だったんです。普段、その時間帯は、よければ10%くらい、まあ悪くても5~6%は取れる枠なんですよね」

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――正直、低い方だった、と。

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「ええ、ちょっと数字的には、やってしまった感じでした。ただ、すごく反響がきたんです」

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――いい反響ですよね?

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普段のテレビ局への反響って、正直、苦情ばっかりなんですよ。『字が間違ってる』とか『なんであんなものを映すんだ』とか。苦情じゃなくても『あの行列のできる店の電話番号を教えてください』みたいなものだらけで……。でも、この作品に関しては『こういう生き方がしたくなった』『よかったから、再放送してください』といった反響が50件も来たんです。
最近、“テレビ離れ”なんていわれていますし、僕らの中でも、何かあるとすぐ怒られるし、テレビはダメなのかなあ、なんて雰囲気も蔓延し始めていたんですが、この作品に関しては、とても手応えを感じられましたね」

「1本見るだけで人生は、変わる」を信じて

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――視聴率には表れなかったけど、見た人にはきちんと、深く届いていたというのは、映画版『人生フルーツ』を見ても、とても納得がいきます。

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「映画でもテレビ番組でも、1本見るだけでその人の人生が変わるような力が、まだまだあると思っているんですね。僕自身も、何もやることがないときにふらっとテレビや映画を見て、そういった体験をしてきました。それが、若い人や子どもにも起こると、世の中がもっと幸せになってくれるんじゃないかと信じています」

子どもに向けないほうが、子どもはわかる

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――では今回の作品は、子どもにも向けられているんですね。

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「『子どもが見ても通じるようなものが作りたい』とは、いつも思っています。正直、この作品はあまりテレビ的な文脈では作っていないんです。隅々までわかりやすく説明する感じではなく、ナレーションや説明もすごく少なくしています。
 
でも、子どもってそんなに馬鹿じゃないんですよ。逆に、子どもにも通じるようにと思って作りすぎると、子どもにもそっぽを向かれると思っています。僕にもそういう経験がありますが、子どもは大人の見るものを見ても、その年なりの感じ方をして、理解できるものなんです。この作品は、さすがに幼稚園児だと難しいかもしれないけれど、小学6年生が見たら、小学6年生なりの感じ方をしてくれるはずです」

樹木希林「素敵な夫婦ね。うちとは違うけど」

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――子どもの一方で、老人夫婦代表……といってはなんですが、ナレーションを務められた樹木希林さんの反応はいかがでしたか?

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「『すごく素敵な夫婦ね。まあ、うちとは違うけど』とおっしゃっていました。内田裕也さんという旦那さんと生きる希林さんが、どう見るのかはとても気になっていたので、ひと安心しました。あとは、希林さんに、番組告知用の15秒スポットのナレーションもしてもらったんです。原稿は『90歳と87歳、愛し合う夫婦の物語 “人生フルーツ”』だったんですけど、そのあと最後に希林さんがアドリブで『誰もがこういうふうになれるわけじゃないけどね』って付け足したんです。それも、そのまま使わせてもらいました」

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映したかったのは“ノンフィクションだけど、夢みたいなこと”

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――樹木希林さん夫婦も、この津端さん夫婦も、“老夫婦”という言葉から浮かぶイメージとは、また違った存在ですよね。

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「ドキュメンタリーというと、どうしても現実の厳しさをギュッと突きつける、といったイメージがありますよね。特に老人を映したドキュメンタリーは、暗くてつらいものが多い。だから、今回は『こういう老人になりたいな』と思えるような、かっこいいおじいちゃんと、おばあちゃんのドキュメンタリーが作りたい、という思いが根本にありました。“ノンフィクションなんだけど、夢みたいなこと”を映せないだろうか、というのはずっと思っていましたね」

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――夢みたいなこと、ですか。

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「普段だったら、物語の世界で目にするようなことが、現実にもあった。そんなものを見せられたらいいな、と思ったんです。特に津端修一さんは理想を語り続けている人なので、彼を被写体にすることで、その実在するファンタジーが映せればいいな、と。コツコツゆっくり、誠実に向き合っていけば、人生の結末にはあんな世界が存在する。それは、僕自身も接する中で見えてきたことですし、メッセージとしては子どもにも伝わるシンプルなものだと思うんです」

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“ファンタジーなドキュメンタリー”の撮り方

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――そんなファンタジーの世界。どうやって撮っていったんでしょうか?

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「もう、待つだけですね(笑)。そもそも、最初、取材がNGだったんですよね。で、OKをもらったあとも、特に修一さんのほうには、見えない自分のエリアのようなものを持っていて、『ここから先は入ってこないで』といったような雰囲気があったんです。言い方を変えれば『まあ、そんなに焦りなさんな。私たちを見ていればわかるから』といったような感じです。そこを、無理に開けようとしたりはせずに、その外側で見ていよう、といったスタンスで撮影をしていきました

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――攻め込むドキュメンタリーではなかったんですね。

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「通常であれば『それは、どういうことですか?』『今、どう思いましたか?』なんて質問をどんどん投げかけたりするんですけどね。何かを起こそうとして、危険球のような質問を投げかけてみたり、どこかに連れ出してみたり。でも今回は、こちらからボールを投げるということはせずに、できる限り、あるがままを撮るようにしました

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『ヤクザと憲法』のような攻め方はできなくて

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「ちょうどこの作品を撮ってるときに『ヤクザと憲法』が話題になってたんですよね。あれは『それマシンガンですか?』なんてことをヤクザに聞いたりして、グイグイといくじゃないですか。あんな刺激的な感じにはならないだろうなあと思って撮っていましたね」

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――待ちの姿勢で不安になることはありませんでしたか?

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「途中で、『もしかしてあまり面白くない作品になっちゃうかもなあ』という不安はよぎりましたね。
おふたりは、10時にお茶、12時にお昼、という生活をしていて、まあ本当に何も起きないんですよ(笑)。それに、僕らスタッフも、一緒にお茶やご飯をする空気になるんですね。その時間は『いつまで撮っとるんだ』という顔をされるから、いったんカメラを置く。だから、あとで見たら、僕が『おいしい』って言いながら食べているところばっかり映ってた、なんてこともありましたね」

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本人に「スローライフ」の感覚はない

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――それでも、のべ2年間も一緒にそんな生活をしていたら、何か考えが変わったりすることもあるんじゃないですか?

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「最初、おふたりに対してはスローライフとかロハスといったような言葉のイメージを持っていたんです。実際、おふたりは著書も出されていますが、本はそういったスタンスで編集されています。でも、僕の中にはもともと、スローライフみたいなものが好きになれない感覚もあったんですよね。実際、接してみると、本人たちにはスローライフという感覚がないのはもちろん、“老後の暮らしを充実させる”といった雰囲気でもないんです。せいぜい、年を取ったという自覚があるくらい。だから、世間でいわれているスローライフとかではないと感じて。その上で僕は『こういう年の取り方をしたい』『こういう生き方をしたい』と思いながら一緒にいました
 
作品は、その気持ちが形になったものだと思っています。
普段、そういう押し出したいものがある場合、正直、無理矢理そう見せるように作るということもあるんですが、今回に限っては、2人の生活を変に切り取ることなく、そのものを取り出すことで、作品ができたなという印象があります」

※編集部注※ ここからは、作品の中の、より重要なポイントに触れていきます。知っているのと知らないのとでは、初見の際に、作品の印象が変わってしまうことがありえますので、その点が気になる方は、作品鑑賞後にまたあらためてお読みいただけますと幸いです。

悲しいけれど、悲惨じゃない

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――では具体的に今のかたちの作品の方向性が見えたのって、いつ頃なんでしょうか?

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「撮影が終わって、編集に入ってからですね。2人の会話などを重ねていくと、見えてくるものがあったという感じです。あとは、撮影中に修一さんが亡くなったということを、作品のどこに入れるかということは考えました。冒頭に入れるパターンも、最後に入れるパターンも浮かびました。でも、やはり日々の生活を撮っていったものなので、撮り始めた春から始めていって、時系列でつなぐのがいいかなと思いましたね」

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――撮影の途中で被写体の方が亡くなる。これは伏原監督にとってどういった意味をもつ経験だったのでしょうか?

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「亡くなったことを聞いたとき、ちゃんと記録して残しておきたいと思い、撮影のお願いをしました。もちろん、なかなか切り出しにくいことではありましたが。ただ、ご遺体を見たときは、変な言い方ですが、素敵な亡くなり方だなと感じたんです。見た目もそうですし、苦しむことなく、スッと亡くなられた。もちろん、悲しいことだけれど、悲惨ではなかったんです。取材中も、修一さんのことを、自分の年を取ったときのお手本として見ていましたが、亡くなり方に関しても、自分もこういうかたちがいいなとは感じましたね。最後までお手本でいてくれた、という印象です」

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女性はか弱くも、たくましい

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――その後の、遺された英子さんの姿も印象的です。

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「実は、僕も、取材に入る前に、自分の祖父母と父親という身近な人が亡くなっていたんです。それで、遺された母が英子さんと同じことを言っていたんですよ。『悲しいっていうより、虚しいわね』って。その後、普通に生活を続けたり、新たに友だちを増やしていったりする母を見て『女の人は、か弱いと同時にたくましいなあ』と感じていたんです。英子さんにも通じる部分が大きくあって、日々の生活で決まっていたことを、きちんとこなしていく。これ、もしも修一さんと英子さんで立場が逆だったら違ったと思うんですよね。だから、あらためて女の人のか弱さとたくましさを感じました」

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亡くなったからこそ、不正解が出せない

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――修一さんが亡くなったことで、伏原さんのこの作品の制作のスタンスに変化はありましたか?

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「亡くなったことによって、ちゃんとしたものを作らなきゃいけないという責任感は、より重くなりましたね。生きていれば、本人に答え合わせをしながら作ることもできますし、もしくはできあがった作品を『見たけど、全然ダメだったよ』なんて怒ってもらうこともできます。でも、亡くなったら何も聞けませんから、間違ったものは出せないという思いがより強くなりました。本人に答えを聞けない分、過去のお知り合いや関係者にも話を聞きに行きました」

修一さんは“一歩先”の人

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――周囲の方に話を聞いて、新たにわかったことはありましたか?

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「やっぱり、他人の一歩先を考えている人だったんだなあということは感じました。過去のこの時点で、こんなことを考えていたのかというのがどんどんと浮き彫りになっていて。だからこの作品に映っているおふたりの生活も、もしかしたら早いのかな、なんて考えましたね。あと印象的だったのは、作品にも出てくる、伊万里の施設の人たちの話です」

亡くなっても、思いをつないでくれる人がいる

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――経済中心の社会に疲れて、心が病んだ人が訪れる伊万里のクリニック。修一さんの最後の仕事の相手となる人たちですね。

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「彼らは、修一さんと年も違うし、ましてや建築畑の人でもない。それでも、ああやって、修一さんの抱いていた夢や理想を理解している。亡くなってから、どこかで思いをつないでくれる人がいる。そういうことが、現実にあるということに、心を動かされました」

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――終盤、樹木希林さんのナレーションで読まれる、伊万里の施設の方から、修一さんへの手紙。あれも、修一さんの本質を汲み取って書かれた印象のあるお手紙でした。

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「実は、最初、あの手紙の場面や、修一さんの伊万里の最後の仕事に関するくだりは入れていなかったんです。でも、そうしてしまうと、少しテーマ性が薄くなってしまう。『いいおばあさんと、いいおじいさんの話』だけで終わらせずに、もう一段階、今の世の中を見つめ直せるような大きな話にしたいと思ったときに、あの手紙は浮かんだんです。修一さんも『お金より人ですよ』と言っていました。でも、そういうことを、ただのナレーションで入れると、制作者の説教みたいになってしまって嫌だったんですよね。そんなふうに悩んでいたときに、手紙の存在を思い出して、読み直したら、あの手紙には全てが書いてあった。なんだか、亡くなった修一さんに導かれたような気がしましたね」

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(取材・文:霜田明寛 写真:浅野まき)

【関連情報】
映画『人生フルーツ』

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©東海テレビ放送
2017年1月2日(月)より東京・ポレポレ東中野にてロードショー、ほか全国順次

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