ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
チェリーについて

自宅が焼けても……大家族ドキュメンタリーの母が“それでも明るい理由”を監督に聞く

熊本県民テレビの人気ドキュメンタリーが映画化

チェリーでも度々取り上げてきた東海テレビに、『はりぼて』が好評を博した富山チューリップテレビ――。最近、地方テレビ局制作のドキュメンタリーが映画として全国の劇場で公開する流れが加速している。
今回新たにその中に名を連ねることになったのが熊本県民テレビ。タイトルは『人生ドライブ』。同局が20年以上にわたって取材を続け、NNNドキュメントや、ズームイン‼ SUPERなど日本テレビ系列で全国放送されたこともある、いわゆる“大家族もの”のドキュメンタリーだ。

熊本県に暮らし、7男3女・計10人の子どもがいる岸英治さんと信子さん夫婦に密着した21年がまとめられているこの作品。21年の中で夫婦には、自宅の全焼・熊本地震・更には脳梗塞によるコロナ禍での入院……と多くの試練が襲いかかる。

監督を務めたのは、熊本県民テレビの局員である城戸涼子さん。2006年にディレクターとして岸家に密着し、その後、部署異動を経て、2019年になって再びカメラをもって岸家を撮ることになった。今回は、城戸さん以外のスタッフが撮り溜めたものも含めた21年分の映像を編集して映画版にしている。公開を前に、城戸さんに話を聞いた。

なぜ20年以上密着したのか

そもそも、同じ局が20年以上ひとつの家族を撮り続ける、ということ事態が大変なことである。その理由を城戸さんは「大家族だから撮り続けたのではなく、夫婦2人が魅力的だったから」と分析する。
20代で岸家に出会った城戸さんが、40代で再び撮り始めたときには、岸家の子どもたちの多くは独立していて「もう大家族ではなくなっていた」と笑う。
きっかけとしてはもちろん大家族の密着ではあったものの「最初の頃の撮影は、無意識に“大家族の母親と父親の役割”を担わせていた」と考えた城戸さんは、映画版では夫婦のあり方を描く方向に切り替えたという。

その狙い通り、映画は、もちろん大家族の様子も前半では多く描かれているものの、次第に夫婦2人の物語としての色を濃くしていく。
そしてもちろん、テレビと違うのは時間の制約だ。「今までオンエアした岸一家の映像は、長くてもCM入りで90分。普段は7分から10分程度のものが多かったんです。時間の制約があるとどうしても描けないことが出てくるけれど、今回は93分かけてじっくり描けました」と城戸さんは語る。

ドキュメンタリー作品が本人たちに及ぼす“相互作用”

時間が長くなり、これまではその都度、放送されてきた家族の姿が“イッキ見”できることで、観客は家族の人生を俯瞰してみることもできる。すると、彼らの人生自体が、作品になることと、相互作用を及ぼし合っているようにも感じられる。

例えば、こんなシーンがある。
三男の息吹さんは、七男・不動さんの誕生時に涙を流していた。その涙の理由をカメラを前に「右目は嬉しくて、左目は寂しくて」と語るのである。

その後、その息吹さんの結婚式で、父親は「最近は嬉しい涙のほうが多くていいなあ」と、その言葉を“受ける”のである。

そもそもの最初の息吹さんの言葉自体が、取材という形式があったからこそ出てきた言葉でもある。さらにその言葉が番組として残ったことで、父親の中に記憶されて出てきた言葉なのではないだろうか。
城戸さんにその可能性を尋ねると「そうかもしれません」とした上で、その言葉が岸家の中で、放送後、流行語のようになって繰り返し発されていたという状況を教えてくれた。誰かが泣くと、兄弟が「右目は嬉しいの?」などと囃し立てるようなこともあったという。彼らの人生を切り取ったドキュメンタリー作品自体が、彼らの人生そのものにも作用していくという非常に稀有な例に感じられる。

信子さんは常に明るいのか、それとも暗い部分は使わなかったのか

そして、この作品を引っ張る大きな要素になっているのが、明るい母・信子さんである。長年続くテレビ局の密着取材に対しても「プロの人たちにホームビデオを撮ってもらえるなんて、こんなラッキーなことないよ」という捉え方をしていたという信子さん。

自宅が全焼した翌日にも、その様子を撮らせてくれたという。そして、自宅の焼け跡を前にしても笑っている信子さんの姿が、映画には収められている――といった具合に、作品中では終始明るい信子さんだが、それは編集で意図したものなのだろうか。実際は苦難に打ちひしがれる様子も撮れていたものの、使わなかったのだろうか。
「編集で意図的に削ったわけではなく、素材として撮れていないんです。想像の範囲内ではありますが、私が担当する以前のスタッフは、悪戦苦闘する夫婦の姿を撮ろうとしてなかったのかもしれません。私も最初にスタッフとしていた頃を思い出すと、たしかに大家族のドタバタにスポットを当てていた部分はありました。当初から、映画化する予定や、20年以上も密着することが決まっていたら、負の部分も撮っていたのかもしれませんが……。もしそういった映像があれば、監督として私は入れていたなと思います。ないものはない、と割り切りましたが……。素材としてはありませんが、その部分がきっと、信子さんがおっしゃる『どんな困難なことがあっても、それはいつかくる幸せへの入り口につながっている』という言葉の根拠となっているんだと思います。常に明るい信子さんの姿を見て我がふりを直さねば……と思う部分は多くありますね(笑)」

映画としての撮影は昨年11月に終了。だが、その後も、五男の日向さんが、白血病を患うなど、岸家に降りかかる困難は続いており、城戸さんは取材を続けているという。岸一家の人生と併走する熊本県民テレビのドライブは、今後も続いていく。

『人生ドライブ』

監  督  :城戸涼子
ナレーション :板谷由夏
プロデューサー:古庄 剛
構成・編集 :佐藤幸一
撮影・編集 :緒方信昭

製作著作:KKT熊本県民テレビ/配給:太秦
【2022年/93分/DCP/16:9/日本】
(C)2022 KKT熊本県民テレビ

<令和4年文部科学省選定作品>

5月21日(土)ポレポレ東中野ほか全国順次公開
4月29日(金・祝)より[熊本]Denkikanにて先行上映

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