ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
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「“弱い人を忘れたテレビ”はサヨウナラ」東海テレビ・內部からの提言

“テレビ局員が局内を撮った”話題のドキュメンタリーが映画化

現役のテレビ局員が、テレビ局の内側を撮った。しかも、広報的な内容ではなく、ドキュメンタリー番組として面白い――そんな噂が流れていたのが、東海テレビの開局60周年記念番組『さよならテレビ』。この度、30分以上シーンが追加された映画版として劇場公開される。

監督を務めたのは、2016年に公開されたドキュメンタリー映画『ヤクザと憲法』も好評を博した、東海テレビの局員・土方宏史(ひじかた・こうじ ひじは土に「、」)さん。
4年ぶりのインタビューでは「今のテレビに提言を……!」というスタンスで取材に行くと、謙虚に「そんな、偉そうには語れないんです……」と繰り返しながらも、持論を展開してくださった。

『さよならテレビ』ができるまでの話や、テレビ業界の現状についてはもちろんのこと、作品に登場する被写体や“弱さの持つチカラ”というキーワードから話は広がり、
・弱い心を持つことと出世の関係性
・これからの時代は“失敗まみれ”が生きてくる

といった、テレビ業界以外で働く人達にも示唆に富んだ内容の多いインタビューとなった。

“テレビの自画像”は塩梅が大変

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――テレビがテレビを描く。ありそうでなかった、そして難しい企画ですよね。

土方「作るにあたって“自画像を描く”というのがキーワードとしてありました。自画像って盛ってかっこよく描くのはサムいですよね。とはいえ、自分たちの悪い部分を強調しすぎても、それはそれであえて“見世物にしている”ようにも映ってしまう。正直、難しかったです」

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――とはいえきっと局としては映したくないであろう部分も映っていて、プライドよりも作品を優先させるような、懐の広さを感じました。

土方「東海テレビのドキュメンタリーはプロデューサーが『テーマにタブーなし』と言ってくれているんです。そこでドキュメンタリーを作れるというありがたい立場にいるので『この題材は東海テレビにいないとなかなか作れないだろうな』と思って企画をプレゼンしました」

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――素晴らしいプロデューサーですね……。局内の他の部署の反応も窺ったのでしょうか?

土方「放送前に社内試写をやりましたが、それを受けて改変した部分はありません。放送後には局内で集まって“意見交換会”が催されましたが、被告人席みたいなところに座って厳しいご意見を頂戴しました……」

「自分も滅びる」から際どい話も入れられた

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――営業部からスポンサーの兼ね合いで取り上げることを頼まれる“是非ネタ”の存在や、いわゆる“夜討ち朝駆け”をして、どこよりも早く報道しようとする姿勢など、なかなかテレビ局の外にいては知りづらい話も映し出されていましたもんね。

土方「他局と競争して、少しでも早くゴールにたどり着く、すなわち、同じ情報でもいち早く報道しようとするのは、ちょっともう時代遅れだと思うんです。でも、テレビではまだそれをやっているんですよね。早さじゃなくてオリジナリティを強みにすべきだと思うのですが……」

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――映像を伝えられるのはテレビだけの頃は早さが1番でもよかったかもしれませんが、視聴者がネットに直接投稿できたりと、時代も変化していますしね。

土方「逆の言い方をすれば、テレビが滅びていく側であり、自分自身もその中にいて、一緒に滅びていく立場だからこの作品を作るのを許されたような気もします。自分が滅びていく立場じゃなかったら、安全な場所から攻撃するような作品になってしまったのではないか、と今は思いますね」

“弱い人”に着目するとその組織が見える

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――『さよならテレビ』ではテレビ局の現状を映した後、徐々に3人の男性にフォーカスしていきます。「わかってることしか話したくない」と葛藤するアナウンサー、メディアについて学び続け「ドキュメンタリーは真実ですか?」と問いかけるベテランの契約社員、そして制作会社から派遣されてきた若者……正直、メインストリームではないというか、立場も含めて“弱い”人たちですよね。

土方「実は、上層部のインタビューも撮ったんですけどね」

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――そうなんですね!でも、使わなかった、と。

土方「2016年に撮影を始めて、1年7カ月間のあいだカメラを回してますからね。当然、使ってない部分のほうが多いです。上層部の“強い”人たちはやっぱりパフォーマンスが上手で、どこまでが本音かもわかりづらいですしね……」

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――それよりも彼ら3人から見えてくるもののほうが作品としては面白かった、と。

土方「インタビューで喋った言葉そのものよりも、現象として起きたことのほうが雄弁に語ることってあるんですよね。あえて弱いという言葉を使うと、“弱い人”を追いかけたほうが、その組織の性格が見えてくるような気がして」

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――どういうことでしょうか?

土方「その“弱い人”へどんな態度で接するかでその人のことがよくわかる、といいますか。例えば、自分にはすごく丁寧に接してくる後輩が、別の場所でその“弱い人”をいびっていたりとか……ありませんか?(笑)」

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――ありますね……『店員に感じの悪い男とはつきあうな』みたいな感じですかね(笑)。

弱い立場の人のことを考えられなければマスメディアの資格はない

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――ともあれ、作中ではその“弱い人”に接する局員たちが、正直、嫌な人に見えてしまいました。

土方「一応彼らの名誉のために言うと、そう見えるように意図的に編集した部分もあります。ただ、彼らは“今のテレビを表す記号”なんです。僕も含めて、テレビ局の正社員である、いわゆるテレビの中枢を担っている人たち。彼らが“弱い人”の心から乖離していってるのは感じます」

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――それはまずいことですよね?

土方「ええ、自戒の念をこめて言いますが、テレビが弱い人の立場を忘れてしまってはダメですよね。マスメディアというのはマス(大衆)という字がついているように広く見てもらうものですから、一般の人たちの立場、つまり弱い立場の人の事を本当に理解できないのであれば、マスメディアを名乗る資格はないと思います」

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――前回のインタビューで土方さんが「テレビ局員という仕事が、高給取りのちゃんとした仕事になりすぎた」とおっしゃっていたのを思い出します。

土方「例えば、数学が生まれつきできる人は、他人に数学を教えることが苦手だ、という話を聞いたことがあって。でも、テレビの人間はそれではダメなんです。弱い人の気持ちがわからなくては。そういう部分を持っているか、少なくとも理解のある人がテレビを作るべきだと思っています。しかし、テレビ局はサラリーマンの世界ですから、その弱い心を持つことが、出世など組織の中で上り詰めるためには邪魔になってくる。だから皆その弱い部分を隠したり押し殺していくんです。そしていつの間にか弱さを無くした人たちの集団になってしまう。大衆の感覚を忘れた人たちが大衆に向けて発信しているというその矛盾が、近年テレビが世の中の人から『何か違うな』と思われていることの根っこにある気がするんです」

管理する能力とものづくり能力は別

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――その意味では、今回『さよならテレビ』で特にフォーカスされた3人は、正直組織で上り詰めているとは言いづらいものの、本来はテレビを担うべき3人かもしれませんよね。特に、まだ若手で、色々な単純なことができないけれど、何か光る感性を持っていそうな新人の契約社員、渡邊さんには感情移入して見てしまいました。

土方「お、渡邊派ですか! 若い人は、業界が違っても多かれ少なかれ、渡邊くんのような経験をしていると思うので嬉しいです。実はこれまでテレビ業界の方向けの上映会をしてきたのですが、その中で年配のテレビ局員や引退された方に『君は彼を通して、最近はああいうしょうもない若者がテレビ業界にも入ってきてしまって大変だということが描きたかったんだろう?』と言われて愕然としました。まあ、もちろん見た人それぞれの中に正解があっていいんですが……」

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――ええっ!たしかに上司の思う通りには動かない若者ではありましたが……。

土方「たしかに彼は物事を整理したり管理する能力は高くはないし、それは組織人としては優秀ではないということで、出世という観点で考えると難しいかもしれません。でもその一方で、彼にしかできないことがあるんですよね。管理する能力と、表現やものづくりをする能力は別だと思うんです」

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――テレビ局では後者が重要なのかと思いましたが、作品を見ている限りは違う気もしてきました。

土方「テレビ局が“管理をする”側面の強い組織になってきているのは感じます。局の中にいて指示を出すだけではものづくりはできないのだから、渡邊くんのような、実際に現場に出てゼロから何かを作って表現する人たちを重んじて、リスペクトする必要があると思います」

“失敗まみれ”がいきてくる

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――テレビ業界に限らず、若い人の中には、渡邊さんのように『自分にしかできないことはあるけれど、管理する能力は低い』という人は少なからずいる気がするのですが、どう捉えて生きていけばいいですかね?前回のインタビューからすると、失礼ながら土方さんもそのタイプなのでは、と……。

土方「でも、そういう“不器用な人たち”には結構いい時代になってきてるんじゃないでしょうか。 “管理する役割”の価値は、実は年々低下してきている。コンピュータ、AIが発達してきて、そういう“管理する”仕事はどんどんと人間がやらなくてよくなってきているように思うんです。
例えば、記者の仕事をひとつとっても、昔は難しい漢字や専門用語を知っていたりして、原稿を自分で書くことができる人がすごく重宝されました。でも、今は過去の原稿が簡単に参照できるので、そういう職人芸的な価値は下がってきているように思います」

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――たしかにそうかもしれません。では逆にそういう時代に仕事をしていく上で、必要なものってなんなんでしょうか?

土方「人の気持ちがわかること、ではないでしょうか。そして人の気持ちがわかるためには、成功体験だけ積んできている人よりも、失敗まみれだったりコンプレックスを持っている人のほうが、分がよくなってきますよね。そういう、これまで負とされていたような特性が活きてくる時代になってきている気がします」

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――それこそ、作中には完璧ではないロボットとともに『弱さの持つチカラ』という言葉が出てきます。

土方「ロボットでも弱さが求められる時代ですもんね。さっきの独自ネタの話にしても、完璧にやろうとすること自体が時代遅れな気もしています。劇中に出てくる、1回叩かれているアナウンサーの福島も、それで傷を負っていますしね」

テレビは商品、映画は作品

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――さて、今回はテレビ放送版にさらに追加された映画版です。テレビ番組を作るときと映画をつくるときの姿勢の違いのようなものはありますか?

土方「テレビは瞬間芸といいますか、常に刺激を与えて飽きさせないことが大事、という感覚で作っています。ある種、商品に近い感覚ですよね。お客さんが全て。でも映画は基本的には最初から最後まで見てもらえるので、作品で、アートに近いです。『どうやったら見てもらえるか』から『表現したいものをいかに出すか』、逆の方向に舵を切ったという感覚がありますね」

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――それこそ『さよならテレビ』の中でも、視聴率至上主義に異議を唱えるようなやりとりがありますね。

土方「番組は商品だから“売れることが大事”ではあるんですが“視聴率が取れることだけが善”となってしまったらおかしくなってしまいます。順番は間違ってはいけなくて。だからこの映画も、結果的にお客さんが入ってくれたらもちろん嬉しいけど、お客さんに入ってもらうために必要以上に分かりやすくしたり表現に妥協したということはありません」

(※ここからは作品の最後の部分に触れます。ご了承の上、読み進めて頂けましたら幸いです)

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――表現という点で言うと、最後の終わり方は、土方さんの表現者としての覚悟を感じました。

土方「最後の部分は、テレビへの批判のように見えたかもしれないけど、そのテレビの中に自分もいるんだ、ということを明確にしたつもりです。なので『僕の嫌なところを使ってください』と編集マンに頼みました」

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――土方さんが、あえて自分に刃を向けている気がしました。正直、ハッピーエンドにすることもできたと思うのですが……。

土方「そもそもドキュメンタリーというものは、劇映画と違って舞台挨拶に監督と取材対象者が全員あがって『ありがとうございました!』と笑って言えるような状況になりにくい、その意味ではハッピーなものから遠いジャンルだと思います。それに実際、テレビ業界がハッピーエンドの業界じゃないですからね……。現状、暗い業界で、絶望的な部分も大いにあるので、それを表現しなくちゃいけなかった。その表現のために、自分が素材としてちょうどよかったんです(笑)」

“テレビの自画像”を描くつもりで作ったという『さよならテレビ』。決して強くはないけれど、ものづくりに邁進する人にカメラを向けたこの作品は、土方さんの自画像でもあるのかもしれない。

(取材・文:霜田明寛 カメラ:yoichi onoda)


■公開情報
『さよならテレビ』
2020年1月2日(木)より東京 ポレポレ東中野、愛知 名古屋シネマテークにてお正月ロードショー、ほか全国順次公開


公式サイト: https://sayonara-tv.jp
FB: https://www.facebook.com/tokaidoc.movie/
Twitter: https://twitter.com/tokaidocmovie

◆監督:圡方宏史 プロデューサー:阿武野勝彦
音楽:和田貴史 音楽プロデューサー:岡田こずえ
撮影:中根芳樹 音声:枌本昇 CG:東海タイトル・ワン
音響効果:久保田吉根 TK:河合舞 編集:高見順

(C)東海テレビ放送
製作・配給:東海テレビ放送 配給協力:東風
2019年|日本|109分|DCP|ドキュメンタリー

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