■トム・リン監督の最新作が描くのは“戦争と３つの時代”
台湾のトム・リン監督が、マレーシアを舞台に戦争を描き、メインキャストには日本から阿部寛――そんななかなかすぐにはイメージが沸かないかもしれない映画『夕霧花園』が７月２４日から日本公開される。
2008年の商業長編デビュー作『九月に降る風』をはじめ、絵本を原作にし、ファンタジーの色も濃い『星空』 (2011)や、自身の喪失の経験をもとにした『百日告別』 (2015)といった青春・恋愛映画の印象が強いトム・リン監督だが、今回は、第二次世界大戦とその後の時代を描いた小説『夕霧花園』を原作にしている。
1942年から3年間にわたって日本軍に占領されていたマラヤ（現在のマレーシアとシンガポール）。第二次世界大戦終了後はイギリスの植民地となっていたその場所で、ヒロイン・ユンリン（演・リー・シンジエ）は日本人の庭師・中村有朋（演・阿部寛）に出会い、亡き妹の夢である日本庭園作りを依頼する。そこから3つの時間軸で、彼らの人生や、戦争の遺したものを見つめる大作となっている。
トム・リン監督は何を思ってこの映画を撮ったのか、そしてなぜ阿部寛に依頼したのか――。
チェリーでは、トム・リン監督に４年ぶりに話を聞いた。
■戦争映画は恨みを連鎖させてはいけない
「戦争を描きたい」が先にあったわけではないんです。私が心を動かされるものと、この原作小説の描くものがたまたま一致していたんですよね。だから、私が小説を読んで受けた情感などをこの映画に取り入れて表現しました。
そもそも、善悪がはっきりと分かれた、型にはまった戦争映画を作ることには抵抗がありました。もちろん今回、私も戦争を描きはしましたが、戦争のシーンを見た観客に、恨みや憎しみといった感情を抱かせてはいけないと思っています。観客がまた恨みの感情を抱く映画になってはいけないんです。そのために細心の注意を払っていますし、最終的には前向きなものとして受け止めて欲しいです。
■人間の感情は人種を越える
この物語の主人公はマレーシア系の中国人女性で、日本統治時代を経験したことで、日本への憎しみや自分への罪悪感など様々な感情を抱いています。ですが、日本人の庭師を心から愛することになる。これが、とても前向きでプラスなエネルギーだと感じています。人間と人間の間に生まれる感情は、ときに民族や人種を越えることができるんです。
■色眼鏡で人を見つめるのは差別のはじまり
ただ、多くの人は、ある国の人が何か悪いことをすると「あの国の人はみんな悪い人だ」となってしまいがちです。これこそが、差別や偏見の芽ですよね。色つきのメガネを通して人を見つめることはしてはならないことです。だからこそ、映画では「○○人はこうだ」と大きく括るのではなく、個人と個人の関係を見つめ、描く必要がある。国境を越えて人と人が理解し合う情感を描くことで、希望が生まれると思っています。
■人と人が理解し合うことが“芸術”
国境を越えることができるのは、人間同士の感情だけではありません。劇中で阿部寛さん演じる中村有朋が「芸術に国境はない」と言っていますが、私も同じ思いです。芸術とは、人間性そのものです。そして、人間性は万国共通のもの。我々が芸術を通して表現しようとしているのは、普遍的な“人間性そのもの”なんです。国や民族といった境を越えて、人と人が接触し、他者を理解し合うこと。それこそが芸術であり、人間にこそなしえることだと思っています。
■“是枝作品の中の阿部寛”に惹かれて
もともと、私は阿部寛さんのファンでした。『HERO』や『TRICK』といったドラマの演技はもちろん、特に是枝裕和監督の映画の中の阿部さんは本当に魅力的です。
中村有朋は、この映画に出てくる日本人の中でも独特な立ち位置の男性ですから、阿部さんがこれまで醸し出されてきた独特な気質とも重なり、一番にオファーしました。
阿部さんにはまず、この映画が何を描こうとしているのか、なぜ阿部さんに出てほしいのかを文章でお伝えして、その後はオンラインで議論を重ねました。台北にも来てくれて実際にも会いました。もともとがファンですから、阿部さん自身が時間をかけて考え、引き受けてくださったことは、大変光栄に感じております。
（取材・構成：霜田明寛）
【公開情報】
『夕霧花園』
7月24日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開
yuugiri-kaen.com
出演：リー・シンジエ
阿部寛 シルヴィア・チャン
ジョン・ハナー ジュリアン・サンズ デビッド・オークス タン・ケン・ファ セレーヌ・リム
監督：トム・リン
2020/マレーシア/120分/カラー/ビスタ/5.1ch
提供：マクザム、太秦 配給：太秦
製作：Astro Shaw & HBO Asia
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