スマートフォンで撮影した画像を売買できるスナップマートの創業者であり、“えとみほ”の愛称で知られる江藤美帆さん。彼女が今年3月、突然のCEO退任を発表したことは、ITビジネス界隈でもずいぶん話題になりました。その後の職場に選んだのは、趣味であることを公言していたJリーグ。2部に所属する栃木SCでした。
なぜ全くの異業種への転職をするに至ったのか? 当時の社員から影響を受けたという、“働き方に対する考え方の変化”を中心に伺いました。
副業のリスクを認めた理由
――以前代表を務めていたスナップマートは自由な社風だと聞いています。それは、そういった要望があったからでしょうか?
「スタートアップということもあり、最初は特にルールなどもなく、各々がやれることを全力でやるといった感じでした。会社っぽくなってきたのは、新卒の社員が入ったあたりからだと思います。それくらいの時期から、“週1リモートワーク”や“副業OK”といったルールができて、それがスナップマートの社風になっていったように思います。Instagram系の事業を展開していたので、インフルエンサーやパーティープランナーなど、それぞれのセンスを活かした副業をしている子たちが多く所属していました。
副業については、私も最初から即OKというわけではなかったんです。経営者という立場上、できれば会社の業務にフルコミットしてほしいと思っていました。しかも、最初に『副業を認めて欲しい』と言ってきたのが新卒の子だったので、『まだ会社に貢献できるかどうかもわからないというのに一体何を考えてるの?』と思ったのが正直なところです。私以外の社員や周りの経営者も同意見で『そこまでやりたいことがあるなら、フリーランスになってもらって業務委託で仕事をお願いしたらいいのでは?』とも言われ、本人にもそういう提案をしたほど。
それでも、どうしても正社員で働きたいと言われてしまい、話し合ってもらちが明かないので、条件付きで副業を許可したのが最初のきっかけです。その時は彼女以外に副業をやっている社員はいなかったんですが、その後、人が入れ替わっていく中で、採用面接時に「副業の可否」を聞かれることが多かったので、制度として全面的に認める方向にシフトしました」
――認めてみて、いかがでしたか?
「副業をする上で経営者として一番気になるのは、本業にしっかりコミットできるのかどうかですが、スナップマートでは、本業をおろそかにするような子はまったくまったくおらず、むしろ副業で得た人脈や知識をフィードバックして本業にも貢献してくれていました。会社に対するロイヤリティや満足度も高かったと思います。採用もスムーズになりましたし、労務周りをきちんと整理して副業OKとすれば、人材難に苦しんでいる企業にとってはいいことづくめだと思いましたね」
えとみほの目に写った“若者たちの仕事観”
――そういったエピソードから、“働く”ことに関する今と昔の違いを感じますか?
「私が就職をした時は、まずお金や待遇を重視する人たちが多かったと思います。では、なぜそうだったのか?と考えてみると、会社に依存して生きていかなければいけなかったからではないかと。当時は、会社に入ったらひとつのところからしか収入を得られないのが大前提でした。
だから、少しでも給料がいいとか休みが多いといった価値観で会社を選んでいる人が多かったのではないかと思います。
スナップマートの場合はスタートアップだったので、そんなにいいお給料を出せるわけでも、福利厚生を整えられるわけでもありませんでした。だから、働いてもらう魅力としてある程度の自由を許容したんです。従来の会社ではなかなかやっていなかったことではないかと思うのですが、これが今の若い世代にとっては重要なことだったみたいですね。優秀な子ほど、働く上で最も重要視しているのは、お金ではないんだなと実感しました。
年収1,000万円あげるから全人生を会社に預けてね、というのと、年収500万円で副業でもなんでも自由にやっていいよ、という2択だったら、今の若い子たちは後者を選ぶ子も結構いるのかなと思います」
「ただ、そうはいっても、安定志向ではあるんですよね。だから副業をしたいと言ってきた子も、はなからフリーランスという選択肢は持ってないんですよ。本人にその理由を聞いたんですが、副業でやってることで一生食べていけるとは思っていないみたい。みんな、好きなことを諦めたくないけど、だからといって新卒でいきなりフリーランスになるというリスクは取りたくないんですね。
40代、50代の人間が聞いたらお説教が始まりそうな話ですけど(笑)、現在の市況とか少子化で働き手が不足していることなどを考えると、経営サイドは考え方をガラっと切り替えて、こういった柔軟な働き方を受け入れて行くべきなのかなと思います」
彼らの仕事観から、えとみほが受けた影響
――そういった時代背景を受けて、ご自身の中で変化したことはありますか?
「前は社長だったので、個人のことを優先するという考えはありませんでした。社長を辞めることが決まって、初めて『自分は何がしたいんだっけ?』みたいなことを考えた時に、浮かんだのはスナップマートで働く子たちの姿だったんです。
彼らは、本当に写真が好きなんですよ。なので、日常の業務の中でも、素材を上手く撮影することができたらみんなで喜ぶし、納品されてきたものを見てみんなで『可愛い!』と盛り上がる。私生活と仕事の区別がついていないというか、区別が緩やかなように見えました。そこが、なんか羨ましいなと。
そういった経緯もあり、次に何かやるとしたら自分が24時間考えていても苦痛じゃないことがいいな、と思ったんです。この年齢になってみると、金銭欲も出世欲もそんなにないですし、だったら『自分が心から楽しめることや真剣になれる』という基準だけで仕事を選んでみてもいいんじゃないかと思いました」
江藤さん「それで、自分は休みの日に何をしてるかな?と考えてみたんです。そしたら、だいたいサッカー観戦だった。20年以上Jリーグのサポーターをやっていますし、クラブの経営に関わるような仕事ができたら最高だな、と。もちろんそう思った段階では、小学生の夢みたいなもので、本当に働けるとは思ってもいなかったんですけども(笑)」
「嬉しいし楽しい」40代での異業種転職
――『40代の転職には、お役に立てるかもしれない感が重要』と、ご自身のnoteに書いていらっしゃいましたね。
「それぞれの年代に応じて、転職の時に求めるものって変わってくると思うんです。
20代は自分に何が残るか、キャリアアップやスキル面を重視します。30代は、そこからさらに伸ばせるかどうか、チャレンジできるかどうかという視点。
そして、この年にになると自分に何が残るかというのはもうあまり関係がなくて、これまでのキャリアで見えてきた“突出したもの”を、どう活かして社会に還元していけるか、という視点になるんじゃないかと思うんです。
40代は自分の今のリソースというか、今まで蓄えてきたものをどう使えるのか、という観点ですね。
栃木SCで働きたいと思ったのは、自分の力を活かせそうなところが見えたから。最初に社長と会って、『うちのクラブにはこういった課題がある』というお話をしてくださったので、その課題は自分が解決できるかもしれないなと思ったんです」
――栃木SCのマーケティング戦略部に転職し、実際に好きなことを仕事にしてみていかがですか?
「ささいなことかもしれませんが、今はサッカーの話で盛り上がれるのが嬉しいです。Jリーグの話って、普通の職場ではあまりしないじゃないですか。マニアックすぎてなかなかできない話が、今は思う存分できる。前の職場で、みんながユーザーさんの写真を見てわーって盛り上がっていた気持ちがようやく分かりました(笑)。
栃木SCのように地方で親会社を持たないクラブの仕事は、華やかさとは程遠いですし、泥臭い仕事が大半なのですが、人から言われてやらされていることはひとつもないので、嫌だなと思うことはまったくないです。想像以上にやりがいのある仕事。これから100年、いえ、それ以上にもっと続いていく『文化』を作っていく仕事なんだと思うと、困難に直面してもむしろワクワクしています」
えとみほが着手するJクラブ改革
自分自身にできることと、好きなこと。両方を同時に仕事にする、絶妙なバランス感覚を話してくれた江藤さん。
次回は、今Jリーグのために江藤さんができると感じている、“転職しようと思ったきっかけ”の本質に迫ります!! ご期待ください。
(文:あまのさき)