戦略か制作か。広告かPRか―。
今、マーケティング活動に関わる立場の多くの人は、これまでのように分業スタイルでコミュニケーション設計をすることの困難さ、時代にマッチしていない違和感を覚えているのではないでしょうか。
そこで「手口ニュートラル」を会社のコンセプトとして掲げるクリエイティブエージェンシー・博報堂ケトルの嶋浩一郎さんにインタビュー。嶋さんが予てより口にしている“インサイトを捉えた企画”、そしてPRパーソンが果たす現代の経営における価値について語ってもらいました。
面白いだけじゃ、人は動かない
――嶋さんは「ワークする企画はインサイトを捉えている」と方々で話されていますが、そのことに気づくに至ったキッカケはありますか?
「多くの広告キャンペーンで、“企画は面白いけど商品は売れない”というのを見てきました。ライザップじゃないけど、結果にコミットするコミュニケーションをやらないと意味がないなと思ったんです。人が動くということをどんどんピュアに突き詰めていくと、“その人の隠れた欲望を捉えて、応えてあげる”。これが企画の本質だと行き着きました」
「そう思うようになったのは20代の後半くらいでしょうか。雑誌メディアの影響が大きかったと思います。例えばかつての“エビちゃんOL”とか“コマダム”のように、消費者が薄々やってみたいと思っていたことを先回りして言語化し、一歩先を行く特集ページを提示する。すると世の中にそういう人たちがたくさん出現し、消費行動をするわけです」
――以前は社会的なムーブメントの発端は雑誌、という印象でした。
「インサイトを捉えると人が動くという、圧倒的な事例は雑誌に見せつけられた気がしますね。編集者は女子高生や子育て主婦など、ある特定トライブをずっと観察し続けるターゲットメディアなので、テレビや新聞などの他メディアよりも、そのターゲットの新たな欲望に気付きやすく、言語化しやすい環境にいたというのはあると思います」
社会記号の発見はビジネスの発見
――著書『欲望する「ことば」「社会記号」とマーケティング』で書かれているように、嶋さんは“新たに世の中に生まれて一般化するコトバ”を「社会記号」と呼んでいますね。
「社会記号はインサイトの発露の1つですよね。
たとえば“歴女”は『歴史好きは男の人』という既成概念に対する『いやいや、女子だって歴史好きでいいじゃん!』という欲望の発露。“おひとりさま”も『旅行や外食は仲間と一緒』という既成概念に対する、『いやいや、面倒だから私は一人で行きたいの!』という、新しく現れた欲望の発露でしょう」
「暗黙的に世の中の多くの人が“こうありたい”と思っている欲望を、言語化したものが社会記号ですね」
――見えづらいけれど確かに存在していたトライブが、言語化されることで“新しいもの”として取りざたされ、流行語になったりしますね。
「多くの人たちの欲望の現れである社会記号は、その時の流行語になるだけじゃなく、後にも残って、普通名詞化していきます。そして、社会記号となる欲望の発見は、ビジネスの発明でもあるわけです」
――と、いいますと?
「たとえば“歴女”という欲望を持っているトライブが発見されたら、イケメン戦国武将のゲームが作れるし、おもてなしの武将隊も作れるし、女性誌で歴史特集もできる。欲望の発見に対して、いろんなビジネスができるようになります」
――これまでになかった市場が作られるわけですね。
「でも当たり前だけど、いきなり『私は歴女です』ってファーストペンギンが登場するわけではないですからね。最初は言語化されていないインサイトを抱えながら、少し生きづらそうに行動している人たち。それにどう気づけるかが、マーケッターにとっての最大の課題でしょう。逆にそれが見つけられるくらいのマーケッターになれたら、最高ということですよね」
経営視点で見た時のPRパーソンの重要性
――少し話は変わりますが、嶋さんは若手のPRパーソン養成ゼミ(通称:嶋ゼミ)を長年主催されています。8年目を迎えて、受講生に伝える内容なども変わってきているのでしょうか。
「変化は当然あるでしょうね。トヨタ自動車の豊田章男氏が、メディアだけじゃなくて会社経営者を呼んで『モビリティカンパニー』ってことを発表したり、スタートトゥデイの前澤友作氏がTwitterで会見に来る人を募集したりする時代ですから」
「さらに車がIoT化して、家がIoT化して、街がIoT化して……メディアという仲介・媒介者を無しに、企業が直接生活者とつながる時代へ劇的に変わっている」
「コミュニケーションの根本的なお作法が変わるんですよ。ということは当然、産業自体も変わるわけですから、その中でコミュニケーションをデザインする人は、自分が何をやるかを考えていかないとですよね」
――以前よりも、プランニングにおいて考えなくてはいけない範囲は格段に広がってきているわけですね。
「いわゆる枠を買って表現をする“広告”領域をやっていた人たちはそうでしょうね。大変だと思っているんじゃないでしょうか。ただ、本質的なPRパーソンにとっては基本的に何も変わらない。合理形成を作るために、ニュートラルに手段を選ばず、どんな施策をやってもいいのがPRですから」
――PRパーソンにとっては、この状況はむしろチャンスと言えるのでしょうか?
「すべてがIoT化していき、つながっていく時代になっていくと、様々な産業自体が変質していく。そうなると、新しい企業ビジョンを示したい経営者、スタートアップがいっぱい出てくるわけです。PRパーソンはすごく活躍できる場があると思いますね」
――経営視点から見てPRパーソンの重要度がより高くなる、と。
「そうです。だからPRの人にとってはチャンスがありますよね。変質しなきゃいけない日本企業の経営レイヤーにとって、真っ当なPRパーソンが提供できる価値は今、非常に高いはずですよ」
「ただし裏を返せば、これからのPRパーソンは経営レイヤーの視座に立って考え、コミュニケーションプランニングができる人にならないと、逆に大変だよっていうのもあるでしょうけれどね」
“人を動かす力”が “経営力”にもなる時代
面白いだけの企画では、人は動かない。戦略も、広告も、PRも、すべての目的は人を動かすために。
常に社会のインサイトを見つめ、社会の関心と企業便益とを結び付けるプロであるPRパーソンの存在は、単なる“広報”にとどまらず、これからの時代になくてはならない“トップ経営者のパートナー”となる可能性を秘めているのかもしれません。
(文:佐藤由紀奈)