先の10月20日、フジテレビの新番組『超逆境クイズバトル!!99人の壁』がスタートして、初回視聴率が6.7%と好発進だった。
え? その視聴率で好発進はないだろうって?
いえいえ、バラエティの視聴率で大事なのは「伸び代」なんです。この数字は、過去3回放映された特番時代より高かった――これが最も大事なこと。
特番時代1回目 2.9%
特番時代2回目 5.8%
特番時代3回目 4.3%
レギュラー初回 6.7%
――ほら、ね。
さらに言えば、視聴率以上に僕が感心したのが、レギュラー化にあたり、特番時代から何一つ基本的なフォーマットを変えなかったこと。よく、特番時代はエッジの立ったキャスティングや演出をしていたのに、レギュラー化されると、つい幅広い視聴者にウケようと、大物タレントを起用したり、余計なロケ企画が加わったりと、演出がマイルドになる傾向がある。
それが『99人の壁』は、MCは佐藤二朗サンのままだし、大物タレントは加わらないし、クイズの基本ルールは変わらないし、番組はコロシアム風のスタジオセット内で全て完結するし――全くもって潔い。
そして、何より僕が最も感心したのが、栄えあるレギュラーの初回放送なのに、番組のゴールである“賞金100万円”(番組内では「GRAND SLAM」と表現)を達成したチャレンジャーが出なかったこと。普通の番組なら、初回なんだし、ヤラセとは言わないけど、景気づけやご祝儀の意味で、100万円を出したはずだ。でも――出さなかった。
これを見て、僕はあの『ザ・ベストテン』(TBS系)を思い出した。第1回のオンエア前に、時のスター山口百恵が11位と判明し、上司のギョロナベさん(渡辺正文)から「山口百恵を出さないとは何事か! ちょっとランキングをイジればいいじゃないか」と怒られても、「ランキングは絶対です」とガンとして譲らなかった山田修爾プロデューサー。その公正さが、同番組を成功に導いたのは言うまでもない。
僕が『99人の壁』を「これはひょっとすると凄い番組かもしれない」と思ったのは、そういう理由である。
入社2年目のADが企画した番組
なぜ、『99人の壁』は、そんなにも思い切ったことができたのか。
それは、同番組の成り立ちと無縁ではない。
そもそもの企画の発端は、フジのバラエティ番組の制作セクション・第二制作室の「企画プレゼン大会」だった。この時、優勝したのが『99人の壁』で、提案者は入社2年目のADの千葉悠矢サンである。そして、優れた企画は実際に特番を制作してオンエアするとの公約通り、昨年の大晦日に放送された。視聴率こそ2.9%だったものの、SNSはクイズマニアを中心に、そのシンプルなルールとエッジの立った演出が大評判となり、その反響が、2弾、3弾の特番へと繋がったのである。
この時、フジテレビが偉かったのが、入社2年目の千葉サンに全てを委ねたこと。普通なら、先輩のディレクターやプロデューサーが企画を現実的な路線に修正するところ、それを禁じたのだ。結果、〔企画・演出 千葉悠矢〕のままオンエアされ、大評判となった。そしてレギュラー化に際しても、その路線は引き継がれたのである。
『99人の壁』のフォーマット
ここで、あらためて『99人の壁』のフォーマットを簡単に解説しておこう。
まず、事前オーディションで選ばれた100人が、東・西・南・北の「壁」に25人ずつ座り、「ブロッカー」となる。最初は抽選で選ばれた1人が「チャレンジャー」となり、あらかじめ申告しておいた自分の得意ジャンルのクイズが出題される。
クイズは基本、早押しである。1問目は1つの壁=25人と対決し、以後、勝利するごとに壁が1つずつ追加される。2問目(50人)、3問目(75人)、4問目と5問目は自分以外の99人と対決し、5問全てに勝利すれば「GRAND SLAM」となり、賞金100万円がもらえる。
但し、途中でブロッカーに阻止(正解)されたら終了。今度はそのブロッカーが新たなチャレンジャーとなり――以下、同じことが繰り返される。
――番組のフォーマットは以上である。極めてシンプルだ。だが、これにもう一つ、番組の重要なフォーマットが掛け合わされる。MCである。
MC佐藤二朗の役割
この番組のもう一つの特徴は、MCがプロの司会者やお笑い芸人ではなく、俳優であること。役者は決められた台詞を喋るのは得意だが、場を和ませたり、出演者をイジったりするフリートークには基本、向かない。
そこで、佐藤二朗サンである。俳優ではあるが、コメディの才があり、時々アドリブを入れる芸風でも知られる。彼にしか出せない一種独特の世界観を持つ。二朗サンの起用にあたり、前述の企画者の千葉サンは、こうオーダーしたという。
「MCを演じる佐藤二朗でお願いします」――。
これはうまい。役者はフリートークのプロではないが、役を演じるのはプロだ。しかも二朗サンは演技中にアドリブを入れるのはお手の物。その結果、あの独特の間を持つ司会者・佐藤二朗が誕生したのである。
フォーマットセールスの可能性
一人のチャレンジャーが99人のブロッカーと対決するクイズ・フォーマットに、俳優が司会者を演じるMCフォーマット。『99人の壁』はこの2つの掛け算で作られる。同番組がここまで世界観にこだわる理由は何か。
――フォーマットを海外に売るためである。実際、千葉サンは過去にインタビューで、その旨の発言をしている。
「買ってもらえるのであれば万々歳なので、どんどんやってください!っていう感じです。『99’s wall』みたいな感じで(笑)」
クイズのフォーマットは輸出しても、このまま流用できるだろう。司会者も、その国のアドリブに長けた俳優を起用すれば、あの世界観に近づくと思われる。できない話ではない。
そうそう、個人的に同番組で僕が気に入ってるルールがもう一つある。レギュラー版から追加された「QAR(クイズ・アシスタント・レフェリー)」なるシステムだ。まるでサッカーW杯の「VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)」を思わせるが、要はクイズの問題や解答に何かトラブルがあった際に、別室にいるクイズ作家やスタッフらが協議し、判定を下すというもの。これも既存のクイズ番組にない新しいフォーマット。ぜひ、一緒に海外に輸出してほしい。
バラエティ番組は揺り戻し局面へ
――以上、長々と新番組の『99人の壁』を取り上げてきたが、今回のテーマは「バラエティ最前線」である。
今、テレビ界ではどんなバラエティ番組が注目されているのか。先の『99人の壁』もその1つだが、僕は全体の傾向として、今、バラエティは“揺り戻し”の局面に来ていると思っている。
そう、揺り戻し――。
この5年ほど、テレビ界はずっと日本テレビの天下である(昨年まで4年連続年間三冠王)。日テレの強みと言えばバラエティだ。『世界の果てまでイッテQ!』をはじめ、『ザ!鉄腕!DASH!!』、『しゃべくり007』、『有吉ゼミ』、『幸せ!ボンビーガール』、『秘密のケンミンSHOW』など、主に家族で楽しめる番組を多く持つ。ロケで“頑張る系”や“感動系”のVTRを作り、スタジオ部分は計算されたトークで盛り上げる――それが日テレ流のバラエティの作法である。
ところが最近、これらの番組が全盛期の勢いを失いつつあるように見える。いや、視聴率はまだまだ高い。ただ、SNSで話題になる機会がめっきり減っているのだ。日曜日に家族揃って見るには見るが、それ以上バズることはない。
一体、今はどんな番組がSNSを賑わせているのか。
『水曜日のダウンタウン』 の凄さ
今、最もSNSを賑わせているバラエティ――それは「水曜日のダウンタウン」(TBS系)と言っていいだろう。
なんたって、TBSの至宝・藤井健太郎サンが演出する番組。オンエアされる度に、毎回番組がTwitterのトレンド入りするのはもちろん、先日、エイト社が実施した「テレビ視聴しつ」調査でも、10代が最も満足する番組の3位に入っていた。理由は「攻めた企画がとても面白い」――そう、日テレ流の家族団らん型のバラエティへの反動なのか、最近、同番組に代表される振り切った企画や演出の番組が注目されているのだ。
同番組、例えば、おぎやはぎの矢作サンが毎度プレゼンする「勝俣州和ファン0人説」のシリーズなんて、いい具合に攻めている。普段、バラエティ番組の名バイプレイヤーとして重宝される勝俣サンは、テレビでよく見かける反面、実はコアなファンは少ないんじゃないかとする説だ。目の付け所が面白い。この時の矢作サンの攻め方もいい。「勝俣サンのことを嫌いな人は一人もいません。ただ、ファンが一人もいないんです」
また、「どんなバレバレのダメドッキリでも、芸人ならついのっかっちゃう説」も、かなり面白いシリーズだ。昨今、巷のバラエティ番組はドッキリの企画が横行しており、これだけ多いとターゲットに気づかれそうだとお茶の間が薄々思っていることを、ちゃんと企画にしてくれたのだ。バイきんぐ・小峠サンがターゲットの回は、財布を盗んだ濡れ衣を被せられ、警官に逮捕されるバレバレの展開。それでも、隠しカメラに気づかないフリを続け、その後の裁判で死刑が言い渡されると「死刑かよっ!」とちゃんとツッコんでくれたのだ。
メタフィクション的面白さ
つまり――『水曜日のダウンタウン』の面白さは、通常のバラエティがやる企画を前提として、その予定調和をいかに崩すかにある。いわゆるメタフィクション(現実と虚構が交差する世界)的な面白さだ。
それゆえ、時として攻め過ぎた結果、いつぞやのコロコロチキチキペッパーズ・ナダルが番組スタッフに拉致・誘拐される様子を通行人から目撃され、通報を受けて警察沙汰になる騒動も――。
だが、敢えて弁護したい。昨今、コンプライアンス云々と、テレビ界でも色々と自主規制の厳しい中で、ここまでギリギリを攻める地上波の番組が他にあるだろうか。
先日オンエアされた「クロちゃん(安田大サーカス)のベッドの下、ギリ人も住める説」なんて、江戸川乱歩の名作「人間椅子」ばりのホラーでチャレンジングなドッキリ企画だった。クロちゃんに気づかれないように、細身の若手芸人がクロちゃんのベッドの下に住み続けるというもの。2人がベッドの上下に寝ている絵は相当シュールで、こんな非常識な企画は間違いなくココでしか見られないものだった。
ダウンタウンという偉大なるセーフティーネット
『水曜日のダウンタウン』 が面白い理由は大きく2つある。1つは、前述の演出を担当する藤井健太郎サンである。柔軟な発想、大胆な実行力、何よりコンプライアンスを恐れない冒険心――。そこから数々の名企画が生まれた。
そして、もう一つが、どんな企画・番組でも成立させてしまうダウンタウンの存在感である。一見無謀な企画でも、あの2人がいれば、不思議と番組が成立してしまう。少々の不祥事でも番組が吹き飛ばないのは、ダウンタウンという偉大なる“セーフティーネット”のおかげである。
思えば、この30年――テレビの新しい企画は、ダウンタウンが開拓してきたと言っても過言ではない。『夢で逢えたら』や『ダウンタウンのごっつええ感じ』(いずれもフジ系)でコント番組の扉を開き、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』(日テレ系)ではフリートーク芸を世に知らしめた。『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』(フジ系)では歌番組にトークの面白さを持ち込み、前年に視聴率6.6%まで落ち込んだ『24時間テレビ』(日テレ系)は、ダウンタウンがMCを務めた年に大胆リニューアル。『サライ』や「チャリティマラソン」といった現在に続く名物企画が生まれ、17.2%の高視聴率を獲得、同番組は復活したのである。
ちなみに、僕は人に、最近のオススメの番組を聞かれると、こう答えるようにしている。「忙しければ、一週間で『水曜日のダウンタウン』だけ見るといいです。ニュース番組ではないけど、今の世の中の面白いことや、最先端の笑いが肌で感じ取れますから」。
Amazonプライム・ビデオの挑戦
いかがだろう。日テレの家族団らん型バラエティへの反動からか、『水曜日のダウンタウン』に代表される“攻め”のバラエティの台頭――。
その動きは、地上波以外にも波及している。いや、むしろ地上波じゃないから、攻めやすいとも。――Amazonプライム・ビデオである。
皆さん、昨年あたりからテレビCMでAmazonプライム・ビデオの番宣をよく見ません?
例えば、松本人志プレゼンツと題して、10人の芸人が賞金1000万円をかけて密室で笑わせ合う『ドキュメンタル』シリーズや、その第二弾で、8人の参加者が「氷の塔」に集結し、何が起きても絶対に動いてはいけないルールの『FREEZE』。そうかと思えば、車好きの芸能人たちが自らハンドルを握り、様々なバトルに挑む『戦闘車』等々――。そんな中で、今、僕が一番ハマっている番組がある。
『今田×東野のカリギュラ』である。
「カリギュラ」は最高のバラエティ
番組によると、「カリギュラ」とは、禁止されるほど試したくなる心理現象という意味だそう。番組コンセプトは、地上波では危険すぎて放送できないと一度ボツにされた企画書を発掘し、蘇らせるというもの。MCは往年の名コンビ、今田耕司と東野幸治の2人だ。扱う企画は、ドキュメント、スタジオ企画、トークと、その形態に縛りはない。とにかく面白そうなネタなら、何でもやってしまおうという無謀な番組である。
これが相当面白い。現在、シーズン2が配信中だが、例えば、シーズン1では「東野、鹿を狩る」なる企画があって、実際に東野サンがプロの猟銃ハンターらと一緒に鹿を狩る様子をドキュメントで追った。最初はスタッフも含めてバラエティモードで参加するが、ガチでハンターたちに怒られ、そこからは狩猟・解体・食す――と真剣モードで番組は進んだ。雪上に点々と血が流れる鹿を引きずる東野サンの表情なんて、真剣そのもの。確かに映像の刺激が強すぎて地上波ではオンエアできないが、全体を通して「生きる」「命の重み」といったメッセージが伝わる神企画だった。
珠玉の企画たち
『カリギュラ』で取り上げられる企画は、硬軟織り交ぜて幅広い。
例えば、「自作自演やらせドッキリ」なる企画がある。昨今“ヤラセ”疑惑のあるドッキリを、ならば最初からヤラセと分かった状態で作ろうというコンセプト。ターゲット自ら台本を書き、筋書き通りのドッキリが展開される。キャスティングも面白く、ロバート秋山や竹中直人といった芸達者たちが登場。要は、ドキュメンタリー形式のドラマである。
「SARAI選手権」は、芸人のペアが指定されたターゲットを拉致する企画である。あらかじめプロの傭兵から技を習得し、準備をするが、ターゲットは一切企画を知らされていないので、街でガチの捕物劇が展開される。普通に目撃者に通報されたらアウトである。ターゲットは柔道家の篠原信一や元力士の貴闘力らで、芸人ペアは“死”の恐怖を味わう。
「訳あって地上波ではなかなか会えない、あの人は今!?」は、トークの企画である。初回は、元EE JUMPのユウキ(後藤祐樹)が登場。両腕や首筋にびっしりと入った入れ墨に驚かされたが、今や彼も三十路となり、思慮深い大人に。そんな彼が話す、アイドル時代の葛藤や恋愛、姉(後藤真希)との関係、逮捕の裏側や刑務所での壮絶なイジメなど――とにかく強烈だった。
地上波が忘れていたものを教えてくれた「人間火の鳥コンテスト」
中でも、同番組最高傑作と言われる企画が、「人間火の鳥コンテスト2018」である。
平成ノブシコブシ吉村、ドランクドラゴン鈴木拓、矢口真里ら炎上芸人・タレントが、それぞれの方法で“火の鳥”となり、空を舞う企画。
準備段階からドキュメンタリーで追い、機体の制作やシミュレーションを繰り返す様子が映し出される。本番当日、緊張する3人が炎に包まれて宙を舞うが、一歩間違えれば死と隣り合わせだ。笑い、感動し、最後にまた笑う――地上波が忘れていたものが、そこにはあった。
この「火の鳥」はガチで面白くて感動できるので、ぜひ視聴されるのをオススメします。
一茂・良純はなぜ今年の顔になれたのか
さて、話は再び地上波に戻る。
バラエティと言いつつ、その実態は、〔VTR+スタジオトーク〕の情報バラエティが大半であると、以前、当コラムでも指摘した件――覚えてます? そんな状況の中、“今年の顔”とも言える活躍を見せる、2人のベテランタレントがいる。
長嶋一茂サンと石原良純サンである。
今や、彼らを見ない日はないと言われるほど。以下は、彼らが定期・不定期に出演する主な番組である。
長嶋一茂
『羽鳥慎一モーニングショー』(テレ朝系)
『ワイドナショー』(フジ系)
『くりぃむクイズ ミラクル9』(テレ朝系)
『今夜はナゾトレ』(フジ系)
『櫻井・有吉 THE夜会』(TBS系)
『ザワつく!一茂 良純 時々ちさ子の会』(テレ朝系)
石原良純
『羽鳥慎一モーニングショー』(テレ朝系)
『週刊ニュースリーダー』(テレ朝系)
『ぴったんこカン・カン』(TBS系)
『ネプリーグ』(フジ系)
『くりぃむクイズ ミラクル9』(テレ朝系)
『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』(テレ朝系)
『ワイドナショー』(フジ系)
『ザワつく!一茂 良純 時々ちさ子の会』(テレ朝系)
――もちろん、これ以外にも、特番へのゲスト出演も多い2人。毎日見かけるというのは、決して大袈裟な話じゃない。面白いのは、この10月からは2人が揃う番組『ザワつく!一茂 良純 時々ちさ子の会』まで始まったから、まさに今年の顔である。
彼らの芸歴は短くない。もう90年代からずっと活躍している。それが、ここへ来て、今さらのように再ブレイクしたのはなぜだろうか。
文春砲が世の中を動かした
一旦、話を変えます。
先日、ヤフートピックスに掲載されたメディアコンサルタントで電通総研フェローの境治サンの記事『文春砲の落日~テレビは文春・新潮を急激に取り上げ消費した~』が大変、興味深かった。
それは、いわゆる「文春砲」――週刊文春発のスクープ記事が、テレビのワイドショーや情報番組に取り上げられた回数をグラフで表した渾身のレポート。2015年までは比較的平穏だったのに、2016年1月から突然グラフがハネ上がったのが印象的だった。発端は「ベッキー&川谷絵音、不倫報道」である。
以来、「宮崎謙介議員、不倫疑惑」、「舛添要一都知事、政治資金問題」、「小出恵介、未成年女性と不適切関係」、「船越英一郎&松居一代、離婚騒動」、「斉藤由貴、不倫報道」、「山尾志桜里議員、不倫疑惑」等々――文春砲をテレビが取り上げる度にお茶の間は沸き、世論が動いた。世の中はワイドショーが動かしているとさえ言われるようになった。
それが、今年1月の「小室哲哉、不倫疑惑」あたりから風向きが変わり始める。文春砲をテレビがあまり取り上げなくなったのだ。お茶の間から疑問の声も聞かれるようになる。以後、段々とトーンダウンし、それと比例するように、ワイドショーも不倫やスキャンダルを取り上げる回数が減っていった。
文春疲れのお茶の間
え? 文春砲のトーンダウンと、一茂・良純ご両人の人気に何の因果関係があるのかって?
いやまあ、これは僕の仮説だけど――ここ数年の文春砲に端を発する、人のスキャンダルで盛り上がる風潮に、そろそろお茶の間が疲れてきたのじゃないだろうか。いわゆる“文春疲れ”だ。
以前は、過激な発言をするコメンテーターやタレントはテレビ局に重宝された。でも、過ぎたるは猶及ばざるが如し。お茶の間は、彼らの棘のある言葉に段々と疲れ、代わって長嶋一茂や石原良純のような明るく、安心できるキャラクターが求められるようになったのではないだろうか。
2人に共通するのは、有名な父親を持つ抜群の知名度と、正論が許されるお坊ちゃん的ポジショニング、そして適度なツッコまれキャラである。知名度はテレビにとって最も大事な要素だし、正論を吐いても許されるキャラは、番組にとって使い勝手がいい。そして2人とも基本ツッコまれやすく(←ココ大事)、どこか憎めない。
気がつけば、文春に疲れたお茶の間に、一茂サンと良純サンは歓迎されたのである。
オードリー若林の覚醒
最後に、この人物の話をして、今回のコラムを終えたいと思う。その人物とは――オードリーの若林正恭サンだ。
え? なんで今さら若林サンだって?
それは、僕自身もほんの少し前まではそうだった。
話は、今年の元旦にさかのぼる。
何の前触れもなく、僕が推す女優・南沢奈央サンとオードリー若林サンの熱愛がスクープされたのだ。正直、ショックだった。何せ奈央ちゃんには、それまで浮いた話一つなかったのだ。
だが――よくよく考えると、若林サンはその辺のチャラい芸人さんでもないし、コンビではネタ担当で頭はキレるし、フリートークも安定して面白い。そして、どちらかと言うと女性に奥手で、マジメな印象である。何目線かよく分からないが、「まぁ、許してやるか」という結論に至った(※その後、先日の破局騒動に至りますが、それはまた別の話とゆーことで……)。
それから――僕は、若林サンのことをもっと知ろうと、彼の本を読むことにした。春先のことである。調べると『社会人大学人見知り学部 卒業見込』(角川文庫)と、『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』(KADOKAWA)なる2冊の著作がある(※ちなみに、今年8月に3冊目となる「ナナメの夕暮れ」(文藝春秋)を上梓)。
読んでみて驚いた。めちゃくちゃ面白いのだ。
作家・若林正恭の実力
前者は、2008年に『M―1グランプリ』で2位になり、売れ始めた30歳からの自伝を含むエッセイである。自身の中にある矛盾や社会に対する違和感を、主観・客観織り交ぜながら、時にユーモラスに自己分析したもの。雑誌『ダ・ヴィンチ』で連載時には、読者投票1位を獲ったほど、多分に共感できる内容になっている。
そして後者は、その続編とも言える位置づけである。2016年夏に、若林サンが一人キューバへ旅して、そこで得られた経験や思いを綴ったもの。単なる旅行記に終わらず、ここでも自身への問いかけや社会への探求が綴られる。珠玉は、キューバを通して東京で生きる人々へのメッセージにもなっている点。さらに、同書は優れた紀行や旅のエッセイに贈られる「第3回斎藤茂太賞」も受賞した。審査員の一人、椎名誠サンは本書を「純文学」と評したという。
芸人で、文才に長けた人は少なくない。
しかし、若林サンは、例え芸人の殻を脱いでも、純粋に作家として評価されるのではないだろうか。
ひら推し×オードリー
少々、前置きが長くなったが、ここで、今回最後の“推しバラエティ”を紹介したいと思う。
オードリーが司会を務める『ひらがな推し』(テレ東系)である。
それは、「坂道」グループの末っ子、けやき坂46の冠番組だ。通称・ひらがなけやき。漢字の「欅坂46」の妹分だが、AKBで言うところの非・選抜=アンダーメンバーではなく、別ユニットのニュアンスが強い。
事実、今年の1月30日から2月1日にかけて、平手友梨奈の病欠で休演になった欅坂46に代わり、まだデビュー前にも関わらず、武道館3DAYSを開催して3万人を集めたけやき坂46――。
とはいえ、一般的には彼女たちは無名である。そんな無名の冠番組の司会に指名されたのが、オードリーだった。
そして――これが抜群に面白いのだ。
「坂道」グループで一番面白い
番組は、日曜深夜の放送である。24時から坂道グループの3番組(『乃木坂工事中』『欅って、書けない?』『ひらがな推し』)が順次オンエアされるが、その3番目だ。既に25時台に突入し、およそ普通の勤め人の見る時間帯じゃない。さらに言えば、メンバーを見ても誰も知らない。
しかし――この3番組を通して見ると、なぜか『ひらがな~』が図抜けて面白いのだ。
理由は?
――若林正恭がいるからである。
前の2つは、既にメンバーの知名度が高いこともあるが、アイドルの番組である。それに対し、「ひらがな~」は、バラエティ番組なのだ。視聴者が名前も性格も知らない女の子たち20人ほどを会話のキャッチボールで操り、彼女たちの個性を引き出しているのが、若林サンである。時々、飛び道具で春日サンを放ち、彼女たちをかき乱したり――。
面白いのは、30分間の番組が終わるころには、当初は知らなかった彼女たちの個性や立ち位置が、なんとなく見えているのだ。何より凄いのは――僕らは「けやき坂46」に対し、ちょっと興味が湧いているのだ。
恐るべし、若林正恭。
打倒・日テレを制すのは?
いかがでした?
バラエティ最前線――。王者・日テレのバラエティが往年の勢いを落としつつある今、その次を狙って、様々な企画・人物・番組が走り出している。
シンプルなルールとエッジの立った演出の『99人の壁』。
攻めの企画とメタフィクション的面白さの『水曜日のダウンタウン』。
コンプライアンス無視の没企画救済番組『カリギュラ』。
文春疲れと圧倒的知名度で再ブレイクの“長嶋一茂&石原良純”。
そして――作家・若林正恭の手腕が光る『ひらがな推し』。
来年はバラエティ界に、ちょっとした変化が訪れる予感がする。
その時、また、このテーマでお会いしましょう。
(文:指南役 イラスト:高田真弓)