『明日の広告』『明日のプランニング』『明日のコミュニケーション』といった、多くの著書を執筆しているコミュニケーションディレクターの“さとなお”こと佐藤尚之さん。最新の著作では、ファンベースという概念を打ち出し、今のマーケティングのあり方に一石を投じています。
あらためて聞きたい、“ファンベース”と“ファン”の定義
――今年の2月に出版された著書『ファンベース:支持され、愛され、長く売れ続けるために』。そもそもファンベースが重要になっていくだろうと考えられたきっかけはなんだったのでしょう?
「まず僕は、新規獲得を目的に行うような普通の広告キャンペーンを全く否定していません。これまでは、とにかく新規を取っていれば売り上げが伸びるという成功体験があったわけですし、それはそれで正解だと思っています。
でも、時代は変わって、今の日本は色んな問題に直面しています。特に大きな問題は、人口の激減と高齢社会ですよね。つまり、新規顧客は物理的に大幅に減り続け、年寄りばかりになるのでどんどん保守的になっていきます。そういう中での新規顧客の獲り合いは、修羅の道。だから僕は、今こちらを見てくれているファンを大事にするのが本筋でしょう、と考えているんです」
――ファンマーケティングではなく、ファンベースという考えに至られたのはどうしてでしょう?
「ファンマーケティングとかファンコミュニティは、ファンから売上を伸ばそうというニュアンスがありますが、そうではなくて、ファンベースはファンをベースとして全体を構築する考え方。ファンをベースにして売上を安定させた上で、新規顧客を狙ったキャンペーンも連動させて構築していくイメージです」
――ファンをベースにする、とは具体的には?
「色々な企業にヒアリングしていくと、パレートの法則がだいたい当てはまるんですね。20%のファンが、売上の80%を支えている。であるなら、新規を狙わずに、20%のファンをベースに考えた方がいいのではないか、ということです。わりと間違えがちなのが、ファンを増やそうとすることです。ファンは増やさなくていいんですよ。今ファンの人をいかに大切にするかということに考え方をシフトした方がいい」
――では、あらためてになりますが、佐藤さんの定義するファンとはどんな人を指すのでしょう?
「いわゆるアイドルやサッカーのファンみたいにキャーキャーいうのとは少し違って、商品の裏側に流れている思想や背景、商品が大切にしているポイントをちゃんと支持してくれる人です。○○味、のような機能的な価値ではない部分に共感している人たちを、ファンベースにおけるファンと定義しています」
――では、商品の味や機能に好意を持っている人だけでは、ファンベースは成立しないのでしょうか?
「機能には『便利だ』という同意はするけれども、同じような機能のものがでたら他に行く可能性がありますよね。そういうのはファンじゃない。商品が持っている根本の課題解決や思想といったものに共感しているのがファンです。機能価値ではなく、情緒価値の部分を好きな人ですね」
さとなおの考えるコミュニケーションデザイン
――時代と共に広告のあり方も変わっていると思います。佐藤さんはこの変化をどう捉えていらっしゃいますか?
「もともとはメディアを介して企業の言いたいことを一方的に相手にぶつけるのが広告でした。情報の少ない時代はそれでもよかったかもしれませんが、情報が多くなってくるとそれはうざくなるし、邪魔になって来ます。
そうすると今度は、相手の気持ちを考えることが必要になってくる。ここで初めて広告が『コミュニケーション』になるんです。文字通り、相手の気持ちを考えて情報を手渡すわけですね。さらにSNSが入ってきてチカラのある生活者が出てくると、コミュニケーションは双方向に変わってくる。企業と生活者がフラットになり、もう情報を渡すだけでは受け取ってくれません。もっと受け取ってもらうための文脈や内面を作っていかなければならない。これを僕は、コミュニケーションの上にあるものとしてのプランニングだと捉えています。そして、その一部がファンベース」
――ファンのことを考えていくからこそ、建設的なコミュニケーションが生まれるわけですね。
「今は広告もコミュニケーションも全部ごっちゃに扱われていますよね。区別もほとんどつけられていない。コミュニケーションデザインを名乗っているけれど、それって広告だよね、というものばかりだと感じています」
――おっしゃる通り、コミュニケーションデザインという言葉は様々な場面でよく聞かれますね。
「みんな意識せずに使っていますよね。コミュニケーションデザインといっていても、きちんとコミュニケーションを作れている企業というのはあまりなんじゃないでしょうか」
――では、佐藤さんの考えるコミュニケーションデザインとはどんなものを指すのでしょうか?
「相手の気持ちを考えて、相手のタイミングで情報を渡していくことです。相手のことを調べただけでマーケティングだと思っている人もいるようですが、それじゃ全然足りないと思っています。極論をいえば、コミュニケーションにメディアを介する必要はありませんからね」
ファンベースが適している業界や商材は?
――佐藤さんがファンベースに適していると感じる商材や業界はありますでしょうか?
「だいたいやった方がいいとは思いますけれど、あえていうとしたら……比較的ちゃんとファンがいて、高関与な商材でしょうか」
――消費財というよりは、むしろ長く使うものであったり?
「長く使うというよりは、消費のスパンが短いものですね。例えば家などは普通、一生に1回しか買わないもの。ファンからの紹介価値はあるものの、すごくファンベースが機能するかというとそうでもありません。そういうものよりは、数年で買い換えるタイプの高関与商品、たとえばスマートフォン、PC、ファッション、クルマなどのように、短期消費で高関与のものがいいかもしれませんね」
――価格の低いもの、たとえば飲料などは難しいということでしょうか?
「飲料の場合は売らないといけない数量が多いし、コンビニなどで数秒で購入を決める低関与商品が多いので、実は今でもテレビの方が全然効くと思っています。ブランディングサイトを見たからといって買う人はあまりいないでしょう。それよりは『テレビで見たあれか!』で試しに買ってみる、というのが購買のきっかけであることを基本に置いた方がいいと思います。
ただ、ちゃんとファンがいるタイプの飲み物もあります。機能性飲料なんかがその類。そういう商材に関していうと、ファンベースを組み合わせた方がいいと思います」
これからのファンとの付き合い方
――先ほど、今いるファンを大事にすべきというお話がありました。大事にするというのはどういう方法が効果的なのでしょうか?
「大事にする、というと、もてなすことと勘違いされることがあるのですが、そうではないんです。ファンを特定してもてなす必要は全くない」
――特定せず大事にするとは、具体的には?
「端的にいえば、一般生活者が好きになるきっかけのコンテンツを作るのではなく、すでにいるファンが熱狂するコンテンツを作ることです。たとえばファンって、商品そのものの情報よりも、実は裏方で支えている人の情報が知りたいんだ、ということがあるじゃないですか。そんな風に、とにかくまずはファンの立場になって、ファンがもっと共感して愛着を持てるコンテンツや施策を打つことが大事。ファンを特定して何かをするということは全然必要ないんですよ」
――そういったコンテンツを作成するにはどうしたらいいのでしょう?
「ファンの声を傾聴することだと思います。やっぱりそこは想像しても分からないですからね。ファンは全然違う着眼点を持っていることがしばしばありますから。それはちゃんとリアルに会って傾聴し続けないといけないと思いますよ」
ファンベース的視点で見る、企業がSNSを運用する意味とは
――SNSマーケティングを行う企業もありますが、アカウントを運用する上で大切なことは何だとお考えですか?
「SNSをやっている人たちというのは、日本に限っていえば極めて限定的だということを、まずは念頭に置いた方がいいでしょう。SNS時代などと気軽におっしゃる方が多いですが、たとえばSNS利用者の20%がヘビーユーザーで、彼らが総利用時間の80%を占有しているというデータが出ています。まさにパレートの法則ですね。利用人数が多いとされているTwitterで、アクティブユーザーは4500万人(2017年10月)。その20%だと900万人になるわけですが、その人たちが総利用時間の80%を占有している。つまりTwitterでバズっても、主に900万人の中の世界でのことなんです。日本の人口は1億2500万人くらいいるから、ほんの一部。決してSNSが一般的だという概念には陥ったらいけません。
その上で、企業のアカウントがやるべきことは、SNSをやっている人たちの愛着を作るためのものになるのではないでしょうか。たとえば“八百屋のお兄ちゃん”をイメージしてほしい。彼らは商店街の道に出て、『おはようございます』とか『いってらっしゃい』と日々道行く人に声をかけますよね。それが日々の愛着を作っていく。SNSでの接点は、そういうコミュニケーションに近いと思っています」
――たしかにTwitterなどで頻繁に見ていると、愛着を感じるきっかけになるかもしれません。
「新規のお客様がそれをきっかけに購入に至ることはなかなかないでしょう。でも、その企業に親和性を感じているファンはちゃんと喜ぶし、より身近に感じるんじゃないかと思います。そういう役割は目には見えませんが、ものすごく大事なんじゃないかと思います」
さとなおが考える、企業と生活者の理想的な関係
――これからの時代、ブランドとファンとの関係性はどうなっていくとお考えでしょうか?
「僕が『明日の広告』を書いたのが10年前ですが、ようやくあそこで書いたような時代になってきた気がしています。そこから考えるに、ファンベースという考え方が浸透するには、これから5~10年ほどかかるんじゃないかな。今は新規のお客様を獲得するために、色んな事をするわけじゃないですか。繰り返しリテンションを出したり、1度検索しただけで何度もリターゲティングされたり……。そういった企業からの一方的なだけのやり方は早晩ファンから嫌われる可能性があると考えています」
――一方的なだけの広告、特にデジタル領域については、愛想を尽かされる可能性が高いということでしょうか。
「デジタルマーケティングでオートメーション化して、効率を上げていくマーケティング手法を否定するつもりは全くありません。でも、やはり効率を重視した冷たいものになっている場合も多いです。そういったマーケティングが温かいものに変わってくると、生活者とブランドの関係性ももっと温かいものになるはずです。いわゆるサザエさんにおける三河屋さんのように、サザエさんの家の冷蔵庫の中身を把握していて、『そろそろニンジンがないんじゃないですか?』と、厚かましくなく持って来てくれるようなこと。そういうのは、実はデジタルが得意な分野にできるのではないでしょうか」
――たしかにそれはすごく温かい関係ですね。
「大量生産・大量消費の時代で刹那的になってしまいましたが、日本市場がこのまま成熟していけば、そんな温かい関係性にだんだん戻ってくるんじゃないかと思っています。そうやって成熟していかないと、悲しいです。企業というのは本来、生活者の暮らしをよくし、笑顔にするために作られたもの。ちゃんと誠実なコミュニケーションができるようになったらいいですよね」
企業が行う広告が、本物のコミュニケーションになるには
ファンベースを提唱することで、現在のマーケティングや広告手法にあらためて一石を投じた佐藤さん。それは、企業としてのあるべき姿、つまり“生活者の日常を豊かにすること”に重きを置くべしという想いがあればこそ。
この考えが世の中に広く浸透した先に待つのは、企業が生活者に対して行う本質的なコミュニケーションとなるのでしょう。市場が成熟し、企業とファンとの温かい関係性が再び築かれんことを願うばかりです。
(文:あまのさき)